〜剣心〜
夜中に驚いて目が覚めた。
夢を見ていた。
その夢のなかでなにかひどく気の動転することがあり、それに驚いて目覚めたのだ。
だが一体なんの夢だったろう。
えらく鮮明な夢だったことと、心臓が口から飛び出すほど動揺したことは覚えているが、内容がさっぱり思い出せない。
まだ心臓が暴れている。じっとり汗ばんでもいる。こめかみのあたりには太鼓のような鼓動が響いている。一体なにを夢見ていたのか。動悸はしているが、体に残る夢の残滓はいやな感じのものではない。むしろ、
(………)
両手が左之助の胸に包まれている。片方をそっと引き抜き、顔を押さえた。
熱い。
頬が火照っている。
ふう、と細く息を吐いて、胸に手を当てる。
夢のつづきを見たいような気もする。見るのがこわいような気もする。
早い太鼓をこめかみに聞きながら、目を瞑る。
〜左之助〜
夜中にぱかりと目が覚めた。
目覚める直前まで見ていた夢がありありと脳裏によみがえる。
(あー……)
幸せな夢だった。
現実にはありえない都合のいい夢想にすぎないかもしれない。だが夢の中だけでも満ち足りて幸せだったと思う。
いつのまにか弥彦がいない。
すぐ目の前に剣心の寝顔。よく眠っている。握った片手を胸に抱えこむようにして体を丸めている。
固く握った指をほどかせると、指先が少し冷えていた。よほど力を入れていたのだろうか。引き寄せて胸に抱く。
肩を抱こうとすると、扇のまつげがぴくぴくと震えた。そっと腕を引き、元の体勢に戻る。
ふうと息を吐いて目を瞑り、幸福だった眠りに戻っていった。
〜弥彦〜
夜中にふと目が覚めた。
川の字の真ん中でぬくぬくと寝ていたはずが、いつの間にか土間に落ちている。
さては左之助に蹴り出されでもしたか。
(うー、さむさむっ)
ぶるっと身震いしながら框を上がって、はたと困った。場所がない。剣心と左之助は手と手をつなぎ足を絡めて寄り添いあって、すうすうと寝息を立てている。とてもではないがこれに割りこめるものではない。
(うーん……)
しばし迷った末に、左之助と壁のすきまに入りこんだ。まだしもこっちの方が余裕があるように見えたのだ。左之助の丸まった背中に背中をつけて、手足をちぢこめる。
昨夜寝るときは三人の方がぬくいとかなんとか言っていたが、なんのことはない、二人で充分にこと足りている。
(ま、いーけどさ)
冷えた指先に息をはきかけて目を瞑る。
それでも、つい数か月前まで想像もつかなかったぬくもりが弥彦の背中を包んでいる。
おしまい
│前頁│拍手│
聖夜にさんたが見る夢は 余話 2011/03/11up
初出 『星降る夜も聖なる夜も 明治さんた屋浪漫譚』 2009/11/01