・第二夜 聖夜にさんたが見る夢は・ 1/2/3/4/5


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 ともあれ要件は果たしたので、翌日は様子を静観した。
 大事をとって人間は一切動かず、左之助の友軍である動物たちの力を借りたのだ。
 大きな変化はなく、明くる日のクリスマスイブに向けての準備が着々と進められているという。
「てえことは今日もあの調子か。ありゃ意外だったな。厳しいてえ噂の警備がまるでざるだったじゃねえか」
「うむ。おそらく昼間ゆえのことではあろうが、確かに」
「まあな。夜に忍ぶとなるとああはいくめえ。それにあの屋敷。見通しがよすぎる」
「ああ。ああ見えて易くはない、というところだろう」
 やはりこの機は逃せない。
 そしていよいよ当日。
 午後、早い時間に一行は赤べこに集まった。
 普段は長屋から黒装束で夜闇にまぎれてゆくのだが、今回は例のサンタクロースの扮装とやらをしなければならない。下見のとき同様に赤べこの二階を借りて、早めに衣裳合わせをしておくことになったのだ。
 剣心、左之助。それに弥彦、恵、妙の五人が揃っている。
「手分けしてありったけ集めたのよ。さ、どれにしましょうか」
「まあ。うち、こんなん見るのん初めて。恵さん、さすがやねえ」
 積み上げられた赤い衣裳は、二人分どころか十着はくだらない。女子二人はきゃいきゃいとやたら楽しそうに次々広げてはああだこうだと検分している。
「体に合やぁ、それでいい。おう、俺はどれ着る。これでいいか?」
 短気な左之助が割り込み、恵が広げていた一着に手を伸ばそうとした。
「バカ、これはあんたには無理よ。えーっと、そうねえ。じゃあこれは? あ、いいんじゃない?これで。ハイ。あ、ひげも忘れないでちょうだいね」
 ざっと丈を見ただけでさくっと決めて、またきゃいきゃいだ。
 左之助は「これだから女は」というように肩をすくめて、早速着替えにかかった。
 が、剣心の方は簡単にはいかなかった。
「では拙者も……」
「あ、剣さん、ちょっと待ってくださいね」
「剣心はん、まっすぐ立ってみとくれやす」
「おろ? こうでござるか?」
 かかしのように棒立ちになった剣心に、女子二人は代わりばんこに衣裳を当てて、「これはどう?」「こっちもいいわね」などと言い出した。どうやら剣心にどのサンタ服を着せるかを思案するのは、彼女らには大いに楽しい出来事らしい。
 ようやく三着の候補が選ばれた。
「はい、じゃあまずこれを」
 上下組みの一着は、上着とズボンのオーソドックスなセットである。
「まあ妥当よね」
「せやけど普通すぎるわ。おもしろあらへん」
(おもしろい必要はねえだろ)
 弥彦は賢明にも口には出さずに突っ込む。
「足にまとわりついて動きにくいでござる」
 慣れない洋式のズボンがよろしくないらしい。
「そうどすか。ほな、これはどないです?」
 今度は丈長の上着が一枚だ。
「これなら下はいつもの黒股引で大丈夫ですから」
 だが着てみれば、やや裾広がりの上着は膝上にまで達する。黒い洋ベルトで腰を留めると、そこそこ落ち着きはするものの、逆に上半身がぴったりしているせいで、
「腕が上がらぬ。これでは身動きが取れん」
 とわかった。
「あら、困りましたねえ。よくお似合いですけど……じゃあ最後のこれも一緒ですし」
 恵と妙が顔を見合わせる。
 そこへ口を出したのは手持ちぶさたげに残りの衣裳をひやかしていた弥彦だ。
「なあ、これは? これ、胴巻きだろ? これなら腕も脚も動くんじゃねえか?」
 弥彦が広げて見せたものを見て、女性二人は目を丸くした。
「え? それ? それはさすがにちょっと……」
「弥彦くん、そら無茶ですえ」
 が、意外にも剣心がのってきた。
「いや、よさそうでござるよ? どれ、ひとつ試してみよう」
「はい?」
「剣さん! 本気で言ってます?」
「おろ。なぜでござる」
 なぜか慌てる女性陣を尻目に、剣心はいつもの黒装束の上にそれを着てみた。
「うむ。少々わきが当たるが、まあこれなら問題なかろう。これでもう少し丈が短いとよいのだが……」
 上機嫌で手足を動かす剣心は知らない。
 それが女性用であることも、本来は素肌に一枚で着るドレスであることも、またそれがいわゆる「チューブワンピース」と呼ばれる、多分に挑発目的の衣裳であることも。
 女子二人は最初は驚き困惑していたものの、ミニスカサンタさんな剣心の魅力にすぐに気づいた。超ミニ丈の筒型ワンピースは、胸と裾のぐるりに白い毛がついており、胸にはうさぎのしっぽのような白いぽんぽんが二つ縦に並んでいる。下に黒い盗人もどき装束を着込んでいることを差し引いても充分すぎる目の保養だった。
 二人の間に目配せが交わされた。
「剣心はん。そのサンタ服にはこれもせなあかんのどす」
 妙が長手袋をはめさせる。手袋といっても筒型なので手首から先はすべて出る。同じ赤地で、これも上下に毛がついていた。
「あと、これもしないと。このぐらいなら動きには障りませんでしょう?」
 かたや恵がつけさせたのは、白いふわふわの足首巻だ。
「うむ。これだけ軽ければ問題ござらん」
(いやいや、大ありだろ。っていうかそういう問題じゃねえだろ、オイ)
 遅まきながら事態に気付いた弥彦は、どこまでエスカレートするのかとおののきながら剣心の行く末を見守った。
 とはいえさすがにそれほど追加できるものもなく、最終的には、そこにさらに白いぽんぽんのついたリボンの首巻と赤い三角帽子が加わって、ミニスカサンタさんな「さんた屋剣心」の完成と相成ったのだった。
 この姿を見て、左之助はくらっとよろめいた。
「てめえら……」
 こいつら完全に遊んでやがる。
 人が真面目に煩悩に耐えているというのに、ふざけるのもいい加減にしろ!
 やり場のない疲れは覚えるものの、だが小さな赤いドレスを着て白いふわふわをたくさん揺らせる剣心は確かに目も離せないほど愛くるしい。胸の動悸はしばらく静まりそうにもない。


 さあ、衣裳は決まった、というところで、恵が言い出した。
「そうそう。妙さん、あれはどこに?」
「せやったせやった。あれは庭に。一応つないでますねんけど」
 立ち上がった妙と恵は、左之助を庭に連れ出した。
 そこに一頭の牡鹿がいた。
「……は?」
「サンタクロースはトナカイの曳くソリでやってくるのよ。これは鹿だから多分ちょっと違うんだけどね。絵的には似たようなものでしょ」
 牡鹿は、幾枝にも分かれた大きな角をもっていた。恵に言わせると、これがトナカイとやらとの相似点らしい。
「この子と一緒に行けば、きっとすごくそれらしいわ。ね。あんたがいてよかったっていうのはこういうわけ」
 恵は大層な手柄顔だが、
「いや、これはちょっとさすがに」
「どうしてよ」
「出入りん時どうすんだよ。身動き取れねえだろうが」
「大丈夫よ。今回は正面から……」
「恵どの」
 遅れてきた剣心が諭す口調で言った。
「今回の扮装は同じような身なりの人々に紛れるのが目的でござる。あまり目立ちすぎて人の記憶に残ってはかえってまずい」
 言われてみればもっともだ。
 そしてハタと気づいた。
 あまりの楽しさに見失っていた主旨を改めて思い出してみれば、そう諭している当の剣心のこの格好はいかがなものか。本人に自覚はなかろうが、人目を引く引かないでいえば、鹿などよりこの愛くるしすぎるサンタさんの方がよほど人の記憶に残ろう。
 まったく自覚に欠ける剣心以外の全員が同じことを思ったらしい。
 見交わす目が互いを探り合っている。
 そして思いついたのは恵だった。
「あ! そういえば、サンタクロースは贈り物の入った大きな袋をかついでるんですって」
「よし、それだ! じゃあ俺がその袋を持てばいい」
 すかさず左之助が合点する。
「そや。ほんで剣心はんはその中に隠れててもうて」
「なぜでござる。それでは拙者が仮装をした意味がござらん」
「あるある。向こうでウロウロする時に充分役立つって」
「ま、今回はこっちの台本に合わせてくださいな、剣さん」
 確かに今回は趣向も含めて恵の青写真で動いている。腑に落ちない様子ながらも、「ではそれで」と了承した剣心だった。


 思いがけないすったもんだの末にやっとこさ出かけた二人を見送り、三人は「ふう」とためいきをついた。
 恵が言う。
「ま、大丈夫でしょ」
「ええ、あの二人やし」
「おう……」
 妙が受け、弥彦もうなずく。
 が、三人ともが二人の消えた闇から目が離せなかったのは、それぞれなんとはなしにひっかかるものがあったからだ。
「坊や、ちょっといいかしら?」
「? おう。坊やじゃねえけどいいぞ。なんだ?」
「妙さんも、少しだけ」
「はい」
 部屋に戻り、残ったサンタ服をたたみながら、恵が弥彦に訊ねた。
「ねえ。あの二人、どう? 君の目から見て」
「どうって……どういう意味で?」
「うまくいってる?」
「……と、思うけど? お互い特別って感じだし、話もつうかあだし?」
「そう」
 と言いつつ、恵はどうも歯切れが悪い。だいいち弥彦も、どこか手探りするような語尾上がりの物言いである。恵の視線が今度は妙に向いた。
「妙さんは、どう思います?」
「そやねえ……。どう、いうか……」
 妙もまた奥歯にものがはさまっている。そして奥歯にものを挟んだまま、話を弥彦に振った。
「弥彦くん? 左之助はんが家出しはった理由て、なんて聞いてはる?」
「え、いや、別に何も。っていうか、出てった理由も戻ってきたわけもはっきり聞いたことがなくて、逆に俺が聞きたいと思ってたんだ。あいつら、何があったんだ?」
 女二人は申し合わせたように顔を見合わせた。
「それが……」
「実は私たちも誰もはっきり知らないのよ」
「え、そうなのか?」
「そうなんよ。剣心はんに言わせたら、『抜刀斎やった過去が知れて愛想を尽かされた』いうことらしいんですけど……」
 妙が言い、恵が目を伏せた。
 そういえば、と思い出すことがある。
 弥彦が入門するしないの時だった。剣心が「それでもよいか」と念を押し、藤田があのトリアタマが云々と、左之助のことを引き合いに出した。
「そやけど、左之助はん、そんなことで愛想尽かすような人やおへんやろ? そらいろいろ乱暴やし、気ぃ短いとこあらはるけど」
 妙の言う通りだと弥彦も思う。それに、もしそうだとしたら戻ってくる理由がない。
 実は弥彦にも気になっていたことがあるにはあった。
「なあ。俺、思うんだけど、あいつらって、お互い相手に嫌われてると思ってねえかな?」
「え?」
「お互い嫌われてる……?」
「うん。うまく言えねえんだけど、なんていうかな。自分は好きっていうか信頼してるけど、相手はきっとそうじゃないって思ってる。みたいな」
 恵と妙はまじまじと弥彦を見つめた。
「こ、根拠があるわけじゃねえんだけどな。ただ、三人でいると見ててすごい信頼しあってるっていうか強い絆って感じなんだけど、どっちかだけと話してっと、なんか様子が変だなーって、なんとなく。とくに左之助のヤツが」
 恵が顎に指を当てて、反芻するように繰り返した。
「第三者がいるときは大丈夫だけど、その実、本当は……ってことかしら」
「わかんねえけどな。それでどっちもが相手に遠慮してるっていうか、えーっと……悪いと思ってる……?」
「………」
 弥彦は観察眼の鋭い子どもだと恵は思っている。以前まだ数度しか会わないときに「剣心を好きなのか」と言われてどきりとしたことがあった。剣心へのほのかな恋心など遠い昔の話ではあるが、ではもう完全に過去のものかと言われれば、それはそれで返答に窮するのも事実である。
 しばらくして恵が言った。
「君も大変ね」
「んー、でもそれより俺的には夜のが由々しき問題ってヤツで」
「えっ、夜?」
「ゆ、由々しき問題って弥彦くん……」
 やたら狼狽する二人に弥彦が首をかしげつつ説明した。
「うちの長屋、狭いだろ? すきま風もぴゅーぴゅーで寒いし。だからみんなで固まって寝てるんだけど。俺が真ん中で」
「か、川の字……」
「けど左之助の寝相の悪さときたら半端じゃねえのな。最初に自分でも宣言してたくらいだから自覚はあるんだろうけどさ。俺も剣心も毎晩毎晩ガバー!ドサー!で大変なんだぜ。今はまだ湯たんぽがわりだからいいけど、夏になったらどうすんだよこれって、俺ちょっとまじで心配」
「ああ、なんだ、そういうこと……」
「あーびっくりした」
 と、妙がふと思いついた様子で恵を見た。
「案外そんなことが原因やったりして……」
「そんなこと?」
「暑うて寝苦しゅうて、剣心はんが左之助はんをおっぽり出した。ほんで左之助はんがすねて家出」
「……まさか」
 言いかけた言葉が恵の喉で止まる。
 まさか。
 だが往々にしてありえないことほど真実だったりもする。
 そういえば左之助が出奔したのはたしか八月。
 今年の夏はやけにむしむしと粘つく暑さでひどく過ごし辛かった――。



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聖夜にさんたが見る夢は<3> 2011/03/11up
初出 『星降る夜も聖なる夜も 明治さんた屋浪漫譚』 2009/11/01


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