続ジープウェイ・サマー
スト―――ップ! 待て待て待て待て待て――! なっなななナニ考えてんだ、やめんか鬼畜め! 相手は緋村さんなんだぞ? ちゃんと普通に……つうか初めてでいきなりそれは普通引くから!
バッカ、逆逆逆。わかってんだろがよー。こういうことは最初が肝心じゃんか最初が。イッパツ目にこうガツンと一発だな。
うるさいうるさい。そんなん違うったら違う。普通に優しくしたいんだよおれは。こわがってるじゃないかびびってるじゃないかびっくりしてるじゃないか恥ずかしがってるじゃないか。可哀想に。緋村さんがこんなにパニクるなんて。
えー! だからいんじゃんかよー! つうかこんくらいでやっと普通じゃん。いつもがおかしいんだろこのひとの場合。知り合って一年だぜ一年。いい加減もっと普通に接してくれりゃいいのによー。だからその分こんなときくらいさ。これでもかってくらいビビらせて困らせて恥ずかしがらせて怖がらせて焦れさせて泣かせてよが
シャラ―――ップ!
一理はある。つきあい始めて一年弱になる今でも緋村さんの感情表現は慎重で丁寧で控え目だ。ちょうど去年の夏休みにここに通っていた頃の鉄仮面を思えばこそ、ドラスティックな変化あるいは変革とさえ言えるほどだが、しかし一般的なレベル(たとえばおれ)を百として、今の緋村さんは七ないし十程度だ。控え目も過ぎると言っていい。
「えーっ!」
「うっそ、マジで?!」
「ありえねえ!」
「なんだそりゃ!」
「ぎゃはは、うけるー!」
などと叫ぶことは決してない。
「ほう」
「ふむ」
「え?」
「なるほど」
「ああ」
「そうか」
「………」(黙って完爾)
しかも基本形はやはりあくまでも「無表情」である。
もっと普通に笑ったり驚いたり面白がったり不思議がったり、たまには怒ったり叫んだり泣いたりなんかもしてほしい。もっといろんな顔や気持ちを見せてほしい。ほんとのところを知りたい。
とは、たしかに思う。
だが。
だが、だからといって。
だからほら、ここは一発全開本気で。ありとあらゆるエロテクを総動員して。何がなんだか分からなくなって恥ずかしいもくそも言ってられないくらいに。
みたいなのはいやだって言ってるだろ。つかそれAVとか見すぎだからマジで。普通ないから、そんなん。うん。そりゃまあ、だからって絶対やめねえし? 逆の側に回るつもりも絶対ねえけど? でもだからって無理矢理みたいなのも絶対やなんだよ。おれのことも、おれとこうすんのも、もういやだとか思ってほしくねえし、酷くして二度としないとかヘソ曲げられても困るし。緋村さんにもちゃんと気持ちよくだな……。
ていうかだからよさそうじゃん、バリバリ。嘘ヤダ何これどうしよう俺なんでこんなに感じてるんだろう的にさ。つうかこの人もしかしてMなんじゃん? もっと苛めてさー、もっと恥ずかしいことさせて屈辱にまみれさせてさー、ごめんなさいもう許して何でもするから、みたいなのがよかったりなんかして。つうことはあれですか!昼は女王様、夜は奴隷! うおー!いっすねー!
ないない。ないって。そんでお前もういいからマジで。おれは普通に緋村さんと愛を確かめ合うのだ。シッシッ。
もったいねえよーう。絶対チャンスだって。つか今日しかねえって、今しかねえって、いっとけって。忘れたのかよあの屈辱を。
忘れるわけがない。多分一生忘れないだろう。日本刀で脅されて奪われたのだ。忘れられるわけがない。
禁欲生活を続けて辛抱も限界に達し、とうとう力ずくで組み敷いた。体格差にものをいわせて食いちぎる勢いで貪り始めたのになすがままで翻弄されているように見えたのは、あれはおそらくおれを油断させるための戦術だったのだ。
あっという間もなかった。
愛しい肉体が風のようにすり抜けたかと思ったら、胸のすくような小気味の良い金属音が聞こえた。
それが日本刀の鞘走る音だったと気づいたのは、肩を蹴り倒されて仰向けになった自分の首の両横にそれが突き立てられてからだった。
藁の本畳に刀身が刺さる音を聞き、おれを見下ろす緋村さんを茫然と見上げて、まだ何が起こっているのか分かってなかった。
「動くと頸動脈が切れる」
……えーっと。
たしかさっきまでおれが緋村さんを手込めにしようとしていたはずだったんですけど。
「それがお前の望みなら叶えるまで。すぐ済む。じっとしていろ」
たしかにそれはすぐに済んだ。
おれは自己最速記録を大幅に更新した。
「今日はここまでで勘弁してやる。これ以上したら本当に犯罪だ」
充分犯罪ですけど……。
もっと違う状況で為されていたならどんなに至福だったろうに、あらぬ妄想の中ではどれだけそんな状況を想像したか知れないほどだというのに、その同じ行為が、心理的な能動と受動が入れ替わるだけで、奉仕は征服に、支配が屈服に変質してしまうとは。
掛け値なしの生命の危険を感じたのも、貞操の危機を感じたのも、生まれて初めてだった。
あれでびびって暫く大人しくなっちまったんだったよな。可哀想に。
まあ普通びびるだろう。大人しくもなるだろう。とりあえずぎりぎり無事に済んだだけでもほとんど奇跡だし、あのままやられててもマジ抵抗できなかったんだから。
弱気になりやがって。つかもしかして「緋村さんにならいっか」とか思ってんじゃねえの実は? メロメロのメロメロリンだし? 緋村さん命だし? ま、やってみたら……つうかやられてみたら意外といいかもしんないし? お前がいんならそれでもいいけど?
いいわけねーだろバータレッ!
だろ?! だーかーらっ! 今しかないって言ってんじゃん! だって見てみろよーう。このひと、どう見ても自分でびっくりしちゃってるし。こんなはずじゃなかったんだぜ、きっと自分でも。なんぼ双子座ABっつってもさ。こんなんなっちまって、しかもまずい駄目だって思ってんのに身体が勝手に感じちまってさ、乱れまくりの自分に自分で焦ってんだよ。いいねえいいねえ。心は処女、身体は娼婦! くーっ、エロッ! たまんねー! そそるー!
……おまえ病気? マジで。
なんだよーう! 教えてやれよーう! 口ではいやがっても身体はこんなに感じてるくせに!とか。お前がどれだけ淫乱か身体に教えてやる!とかってさ。調教調教。するしかないって。絶対いけるって。そしたらお前、いつでもどこでもやりたい放題だぜ? 脱げと言えば脱ぐ、這えと言えば這う、して見せろといえばする、咥えろと言えば咥える、支度しておけと言えば自分でゆ
シャラ―――ッッップ!!! そんなことしませんしません超しません! 悪霊退散!悪魔よ去れ!! だっだだだ大丈夫だからな、緋村さん。そんなんおれが絶っっ対させねえから。ちゃんときちんと普通にするから大丈夫だから。でもやめねーけど。「逆」も絶対ねえけど。おれが寝言でなに言ったか知らねーけど、これだけは譲れねえから、そこんとこはひとつよろしく。
何度話しても主張は平行線で、げっそりとむなしく疲れて終わる、そんなことをどれだけ繰り返しただろう。
たしかに。
緋村さんが理路整然と反論したように、たしかにおれの方が随分年下だし、緋村さんの方が腕は立つし(そうなのだ実は!)、はっきり言葉に出してどっちがどうだとかそんな確認をしたこともなかったし(だが普通するか?)、それはただのひとりよがりの思い込みだと言われればそうかもしれない。しかし、ひとりよがりも手前勝手も妄想夢想もくそもない。夢見がちで妄想たくましい魚座B型だからってなんだ。半年も一緒にいて、多少はそれなりに進展もあって、それでどうしてそこまで素っ頓狂な見解の不一致が生じる余地がある?
挙句の果てには言うに事欠いておれが実はそう望んでいると、自分で言ったのだという。
そんな馬鹿な。ありえない。寝言なら聞きまちがいだろう。そうに決まっている。だが緋村さんは、間違いない、はっきりとそう言ったのだ、あれがお前の本心なのだと、頑として譲らない。にもかかわらず、ではなんと言ったのかと訊ねると、今度は言葉を濁して答えない。ということはつまり緋村さんが口にしたくないような直裁的な表現というわけだ。マジですか? 一体何を口走ったんだおれ!
そんな馬鹿みたいな状態が春からこっちずっと続いていた。
そして、じゃあもう何でもいいから、とりあえずやってみて様子を見ながら相談しようという、もはやどう考えてもコントとしか思えない状況で事は始まった。
緋村さんは自信満々だった。
何せ前の実績がある。
余裕綽々で身を乗り出しておれの身体をまさぐりはじめた。
だがさすが緋村さんだ。言うことがひと味ちがう。
「やはり深層筋だろうな。それに背筋はいいが……腹斜筋が弱い」
ほっそりとしなやかな雪のような指でおれの胴体をさわさわと撫で回しながら無表情に言うことがそれだ。まったく。
色気のかけらもありはしないが、真剣な目と手が自分の身体を仔細に吟味していくのは、それはそれで悪くない。
熱心な呟きを音楽的に楽しみつつ、そして年上のマッスルマニアには気の済むように査察させておきつつ、おれはおれで気の済むように緋村さんを検分していった。
いくらピントのずれた人とはいえ、そうこうするうちにさすがに気づき始めたらしい。
今は人体構造のお勉強タイムでもなければ体力診断の時間でもトレーニング指導の時間でもない。
おれの方の探検が進むにつれて、緋村さんの口数は少なく、手の活動はぎごちなくなっていった。
「ちょ、さの……」
耳を疑うほどの心細そうな声を聞いたのは、ひと通りの踏査を終えて、腰骨のかどを入念に吸い上げている最中だった。
「……おい」
無視。
「おい」
無視。
「左之」
無視。
「左之助」
「………」
とりあえず目を合わせると、それを返事ととったらしい。
「やっぱり、夜になってからにしないか」
「昼でも夜でも一緒だっつったの自分じゃん?」
「そうだが……」
「だが?」
「思ったより……」
「より?」
「………………恥ずかしい」
「………」
頼りなく震えていたのは最初のひと声だけで、次に「おい」と言ったときにはもういつも通りの単調な口調を取り戻していた。
「恥ずかしい」も説得力はない。
ないが―――。
虹色の瞳を見上げるようにのぞき込みながら唇を合わせると、豊かなまつげが重みに耐えかねるようにゆっくりと下がっていった。
「そう。そうして目を閉じてれば、平気だろ?」
首に添えた指に運動会のような早い脈が聞こえる。
彼女いない歴二十七年とは聞いているが、もしかして緋村さんって……。
「まだ恥ずかしい?」
「……少し。それに」
「それに?」
「これでは、してやれない」
「………」
まだ言うか。
そしてこんな状況でも緋村さんの感情表現は過度に控え目で、よそよそしい。
だいたい緋村さんはいつだって「少し」しか言わない。
少し気に入った。少し空腹。少し眠い。少し疲れた。少し不思議。少し面白い。少し抵抗がある。少し好き。少し嫌い。
じゃあおれも少しか。
時々そう言いたくなる。叫びそうになる。
どうしてそうもかたくなに閉ざす。
おれが子どもだからか。十も年下でまだ学生で親のすねかじりで社会も知らなくて稼ぎもなくて、だからか。どうしたらもっと近づける? どうしたらもっとあなたを見せてくれる? 見せてくれ。聞かせてくれ。もっと知りたい。あなたの全てを見たい知りたい。そんな風に閉ざさないでくれ。おれを認めてほしい。もっと中まで入れてほしい。あなたの中身を全部知りたい。心の中を見せてほしい。
―――おっと。
また例によってのぐるぐる思考に陥るところだった。悶々続きのせいか、ひとりでいるとろくなことを考えない昨今のおれである。
いかんいかん、こんなときに。
雑念よ去れ。
気がついたら緋村さんを力いっぱい抱きしめていた。
そして耳に飛び込んできた小さな声。
「えっ?」
“え”?
“え”って?
緋村さんの細くて小さな身体は腕の中どころか胸の中にすっぽりと収まるほど細くて小さい。小さいが、見た目の儚さとは裏腹に、緋村さんの生身は堅くて熱くて強烈な存在感がある。
その厳然とした肉体がぴくりと強ばったのだ。
腕をゆるめて見下ろすと、至近距離で目が合った。普通の人には見えない大きな文字で「意外」と書かれた顔の中の「意外」と書かれた目の中に、普通に意外そうな顔をしたおれの姿が小さく映っている。
いいか、見た目の変化はなくてもこれが「意外」の顔なんだぞ、と、ひとり煩悶して浮いたり沈んだりし倒していた一年前の自分に教えてやりたい。
「……そういう意味だったのか?」
普通の声で普通に言っているが、これでも「吃驚仰天」の声色なんだぞ、と、教えてやりたい。
………ん? 吃驚仰天?
「は?」
そういう意味? なにが?
おれ今なにか言ったっけか?
「え? って? 緋村さん何……」
そのときだ。
緋村さんに異変が起こったのは。
茹でられた海老のように一気に鮮やかな体色になり、茹で上がった海老のように背が丸まった。
とはいえ、おれの胸にしがみつくように顔を押しつけているのは、これは感極まったとかそんなような素敵な理由ではなくて、多分いまの顔を見せないためだろうとは思うのだが。
「緋村さん?」
髪をかきあげてみると頭の地肌まで赤い。汗ばんだ髪の中に鼻面を埋めて、いきなり熱くなった背中をゆっくりさすった。
「………もしもし剣心サン?」
「緋村さん」時代が長いせいか、いつも頭の中で「緋村さん」だからか、二人きりでいてもついそう呼んでしまう。平生、名前で呼ぶことは滅多にない。
がっちり組み付いて離れない腕を根気よくほどかせてみると、緋村さんの顔は梅干しみたいにくしゃくしゃになっていた。全力で目をつむって眉を寄せ唇を噛みしめて、全部がぎゅっと中心に寄っている。そして赤い。いわゆる「真っ赤っか」だ。
前代未聞の椿事を驚いている場合ではない。
眉間のしわと目のシャッターを唇で揉みほぐしたら、きつく閉じた巾着袋の口も少しは緩んでいた。桃色の唇を下、上、下、上と何度か交互についばんで、温湿度が馴染んだところでぴたりと合わせてついばみ合う。
しばらく繰り返しついばみ合っているうちはいつもと変わらなかったが、ごそごそと出入りを始めたあたりで変事を感じた。
何かとエキセントリックな緋村さんはキスもちょっと風変わりだった。予想外に積極的な割には勢い勝負のタックルじみた突撃型で、初期には鼻の下に歯型をつけられたこともある。
なんとか折を見ては手取り足取りのレッスンに努めてきた甲斐あって、猛獣の親愛表現的口接コミュニケーションも今ではそれなりにラヴァーズキッスらしくなってきてはいたのだが、それにしても今日の緋村さんはどうしたというのだ。
十も年上で、仮にも自分がする側だと主張するのならば、もう少し積極的になってくれればいいのにとは思っていた。まあ急がずゆっくり頑張ろうなどと忍耐強く考えてもいた。
それがなんだなんだ何なんだ、今日のこのいきなり濃厚で妖艶で誘惑力満点の情熱的なキスは!
こんなキスだれに教わったんだと糾弾したいほどに凄くて、気がつくと目の前が真っ白に溶けかけていた。
いかーん!
ヤバイヤバイヤバイ。
今日は負けたら負けなのだ。まさかそんなことがあるはずもないと高をくくっていたが、この様子だともしかして油断してるとまずいんですか? マジですか?!
てめ、なに腑抜けてんだよバータレッ! メロってる場合じゃねえっつのマジやばいって! ウラーいけー! 全速前進ーゴオォーーッ!!
緋村さんは双子座AB型だ。
双子座もAB型も、二重人格だとか裏表があるだとか二人の人格が同居しているだとか性格が二つあるだとか、とかく二面性を強調される属性ではある。
だがそれにしてもこれはちょっとありすぎだろう。
というくらい、それからの緋村さんはそれまでの緋村さんとちがっていた。というか、ちがいすぎた。
ギヤセカンドか、緋村さんマークUか、あるいはネクストステージ、フェイズツー、相転移。固体、液体、気体は固相、液相、気相。常伝導、超伝導。常磁性、強磁性。
要するになんでもいいわけだが、つまりそれほど落差は甚大だったのだ。
とろけ落ちそうなキスでおれを翻弄したかと思えば呼吸のタイミングを失ってむせる。自分の声を恥ずかしがって真っ赤になったかと思えば耳を澄ませるときのように目を細めて感覚を追い、かと思うとまた思い出したように声を殺そうと唇に血をにじませる。奔放に身を躍らせている最中にいきなり硬くなって腕を突っ張ったり、自分で吸っておいて自分がつけたキスマークに赤面したり、自分が反応したのと同じ場所におれの感覚地帯を探しているからと思ってそこが好きかと問うといきなり泣きそうになったりする。
わけが分からない。
一体全体、緋村さんに何が起こっているというのだ?
ていうかもしかしてマジ二重人格?
へ?
白緋村さんと黒緋村さん。あるいは清純派緋村さんとエロ緋村さん。いつものクールなのとは別に超悪魔なのが緋村さんの中にもう一人いてさ、なんかのスイッチが入るとそっちが出てくんの。でも表の緋村さんはそんなこと知らない――。
…………。
そんで表の純情ちゃんは彼女いない歴二十七年だけど、裏のひとはバリバリのイケイケなん。そんで遊びまくりで男も女も手玉に取りまくりで、小悪魔でエロエロで超スゴイん!
黒相楽くんのAVじみた妄想を真に受ける気は毛頭ない。ないが、とりあえず二つの人格があるという部分だけはちょっと賛成してもいいかと思った。
だってあんまりわやくちゃすぎる。
だろ?! いやでもマジそうだって! だからお前マジ本気でいかねえと。表相手のうちはいいけどよ。完全裏モードになったらお前ヤバイって!絶対負けねえとは言えねえって!
いやそれはまさかだろう。
なんでだよ! 全然まさかじゃねえじゃん! だから忘れたのかってあれを! 「貴様のようなヒヨッコなど一晩で骨抜きにしてやる」とか言われたらどうすんだよおい! ……ってまあ昼だけどよ、それはそれとして。「おれなしでいられない身体にしてやる」とか言い出すぞ!あり得るぞこのひとなら!!
…………。
負けたら負けだ。
黒相楽くんの応援を受けておれは頑張った。
緋村さんはどこまでもセンシティブでナイーブで情動的で表現力豊かで奔放で、凄かった。
とりあえずこれでもうひと安心だろうと思えた時には、二人とも汗ずくでゼーゼー言っていた。
ゼーゼー言いながら事態は膠着していた。
中指を曲げると緋村さんの身体はびくりと痙攣する。濡れた唇から熱い息と掠れた声がこぼれて、ときどき涙が伝う。ぬらぬらになった胸を吸うと痙攣はもっと強まって悲鳴は高く長くなる。おれも目の中がチカチカしていて、そんな緋村さんの何を見ても何を聞いてもどこに触れても気が遠くなりそうな状態を辛うじて耐えていた。
そうしてお互いとっくに限界なのにそんなところで膠着しているのは、緋村さんが頑として言わないからだ。許諾を問えばうなずきはする。イエスならイエスと言えと迫ればそれは言う(蚊の泣くような声ではあったが)。だが、でははっきり望めと言えば、これは断固として受け付けない。外から煽っても中から責めても言葉で強いても、思わず可哀想に思ってしまうほど身をよじりびくんびくんと震えながらも首を振る。二人してなまじ体力があるだけに始末が悪い。
奔放な黒緋村さんあるいはギヤセカンドとはいえ、やっぱり緋村さんは緋村さんだ。そういえばさっきからもずっとそうだった。表情は多彩で声は抑揚に富んで身体は強い衝動を素直に表現していたが、決して言葉にはしない。
おそらくそれがこのひとなりの一線なのだろう。
悪いが越えてもらう。
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