Trial
「なあなあ、聞いたか? 今度のイベントのお題、キモダメシだってよ」
「ハ!? 何わけのわからんこと言って……こら、やめんか馬鹿! っていうかお前なんでいるんだ? 仕事は!?」
「昼から。そんで姫をお待ち申し上げてたわけ」
「だれが……んっ……」
早朝からの勤務を終えて帰ってくるところを待ち伏せた。
ドアを閉めるなり有無を言わさず押さえ込むと、案の定ごそごそともがいて逃れようと無駄な抵抗を試みたが、なんといっても体格に差がありすぎる。上から体重をかけて鉄扉に押さえつけてしまえば剣心に勝ち目がないのは計算済みだった。
なんのかのと言い散らしていた唇は、強いて割るまでもない。手始めに薄い皮膚のふっくりと押し戻す感触を堪能してから、柔らかい中を探った。
「ん………く」
炎天下を自転車で走ってきた身体は内側から燃えるように発熱して、ぐっしょり汗を噴いている。額と頬に髪をはりつけこぼれた唾液を顎から滴らせて、それでも拒もうと首を振るのが、なまじ放埓に求めるよりもかえって淫奔で、左之助は執拗に逃げる唇を追いかけた。
喰らいつくように何度も吸い上げ、熱い粘膜を舌でつぶさに舐ぶるうちに、荒い息の合間の抗議は次第に弱々しく潤んでいく。
「ごめんな、剣心。寂しかったな。ごめんな」
はりついた髪をかき除けてやりながら耳に囁くと、剣心の肩から力が抜けて、くにゃりと胸のなかに落ちてきた。
インストラクターになって初めての夏。
左之助は八月の半分以上を海で過ごした。「海屋」は大きなダイビングショップではないが、ゲスト一人一人にフレキシブルな対応をするため、スケジュールはゲスト次第である。三人しかいない社員のひとりが産休をとっていることもあって、入社五年目の左之助が、この夏は主力として稼動した。
そしてピークの最後となる長期講習を終えて六日ぶりに京都に帰ってきたのが昨夜。
深夜も二時に近く、朝の早い剣心がとっくに寝ているのは承知ながらも、やはり気になって来た。水音を気にしながらシャワーを使い、すうすうと寝息を立てる姿を前にしばらく佇んだ。手持ち無沙汰に投げ出されてあった手を取ろうとすると、指先がぴくりと動いた。日頃まめまめしく働き、時にはとんでもない攻撃力で左之助に襲い掛かる、小さいが精力的な手。それが、意志のない今は、いつもよりひと回りもかぼそく見え、また、うっかり触れると手折ってしまいそうにも思えた。気はつけたつもりだったが、隣に横たわった重みにはスプリングも沈み、身体も動いただろうか。壁際の端に丸まって、クイーンサイズの広いベッドを狭く使っていたのが、ムニャムニャと寝言を言いながらすり寄ってきた。衝き上げる愛おしさに思い切り抱きしめたくなるのを堪らえて、起こさないよう気をつけながら頭を撫で、額におやすみのキスをして、そしていつものように手をつなぎ脚を絡めて眠りについたのだったが―――。
おとなしくなった剣心の顎を掴んでもう一度唇を重ね、たっぷりと長いキスをする。応えてくる舌を引き込んだりいなしたり揶揄ったりして遊びながら、片手をTシャツの中に這い込ませた。
自転車で疾走してきた直後で、体は熱く、肌は汗にまみれている。生温かい水分が、ただでさえ滑らかなきめの細かい肌をぬめらせ、激しい情交のさなかの淫らさで左之助の掌に吸いついてきた。五つの指先で撫でて回ると、探るまでもなく、腹や脇腹や背中に隠された性感帯が開いていく。
だが、二本の指が腋下の窪みを
抉り始めた途端、ほとんど溶けていた身体がふいにびくりと弾んで、剣心の手が慌てた様子で左之助をぐいと突き放そうとした。
「スススストップストップストップ! ちょ……わ、わかったから、とりあえず中入れろって」
「えっ、いきなりですか」
「怒るぞ阿呆! ていうかだからなんなんだよもう、こんなとこで」
敷居をまたいだ途端に捕獲されたため靴さえ脱いでおらず、土間には肩からすべり落ちた鞄が転がったままになっている。
「ナニって、いや、だってよ」
のぞきこんで囁くと、「だってなんだ!」と、さっきまでの酔態はどこへやら、けっこう強気を取り戻したきつい顔で睨まれた。
こんな状況でそんな顔をするとは、苛めて欲しがってるとしか思えない。
そこまで参っているなら、ご要望にお応えして思い切り泣かせてやるのが献身的なパートナーの務めというものだろう。
「したかったんだろ?」
言うと、眉が逆立って気の強い視線に怒気がこもった。
それが次にどう変化するかを考えると頬が緩みそうになったがそんなことはおくびにも出さず、目の高さを合わせ、じっと覗きこんで、おもむろに声を低めた。
「今朝だって」
案の定、びくんと震えて肩と表情が強張った。大きな目がこぼれるほどに見開かれて、しきりにまばたきを繰り返す。無言で腰を押しつけて揺すると、きゅっと口が結ばれ、まばたきはさらに速まった。暑さに火照っていた頬は明らかにさっきより赤みを増している。そして薄い胸が大きく上下しているのは、努めてゆっくり呼吸をしているからだ。つまり必死で落ち着こうとしている。
これで本人はポーカーフェイスのつもりなのだから恐れ入る。
可愛すぎるんですけど。
とは、やはり口にも表情にも欠片も出さず、左之助は不自然なほどの優しい笑顔を見せた。
「知ってんだな、これが」
言って、ちろりと舌をのぞかせると、剣心は一瞬にして髪と同化するほど真っ赤になり、ドアをがたがたと鳴らして暴れ始めた。
辛抱解禁。
左之助は笑いを弾けさせ、腕の中の発熱体を思い切り抱きすくめた。
最初は夢だと思った。とびきり気持ちのいい、極楽で法悦な夢の中だと思った。
だが、包み込む温もりがあまりに気持ちよくて、ねっとりと絡みつく動きがあまりに優しくて、醒めたくなどないのに、つい醒めてしまった。
ところが、醒めてみると、それは夢の中よりもはるかに熱くて濃厚で親密で甘美だった。
目を疑った。
夢から醒めたという二重の夢を見ているのではないかと思った。
見慣れた赤毛の頭がそこで蠢いていたのだ。彼の脚の間に白い背中を丸めてうずくまっていたのだ。
どうりで内腿がくすぐったいはずだ。
びっくりしすぎてそんな頓珍漢なことしか考えられないほど、仰天した。
そして驚いた勢いで思わず逐情してしまったのが返すがえすも勿体なく、目の前がスパークするほどの壮絶な快感にそのまま眠りに落ちてしまったのがますます面目ない。
次に気づいたのは、おそらく四時間近くも経った後。時計の針は九時を優に回っていた。
「ごめんな。寂しかったんだよな。しこたましてやっから、もう泣くなよ」
「だ、だれがっ」
と、両の拳で左之助の胸をぽかぽかと叩くが、「泣いてなんか」という声はまさしく蚊がなくようで、崩れる寸前の最後のあがきでしかない。じたばたともがく脚を膝で割って横に払うと、剣心はバランスを崩して倒れこみながらも、なおも肩をすくめて顔を背けようとする。
「おー? 人の寝込み襲ってつまみ喰いまでしといて、今さらカマトトですかあ?」
左之助が、背けた顔の先に回りこむ。
右に左に、また右に、と、剣心が逃げ、左之助が追う。
三、四度繰り返したところで左之助が剣心の顎をつかんで顔を上げさせ、にっと笑った。
「旨かった?」
またゆで蛸になった剣心は、完全に拗ねた顔で口を尖らせ、左之助を乱打する。
濡れた目尻に音を立てて口づけてから、左之助はまた深く唇を合わせた。
何度も絡め合う濃厚なキスの果てに、剣心が情欲に掠れた声を漏らした。
「さの……。あんま時間ないだろ? 早くシャワー浴びて……」
「ダメ。今日はこのままここでする」
「ば……やだってそんなん。大体おれ汗だくだし。くさいし」
「大丈夫大丈夫。くさいお前も好きだから」
左之助は白々しくそんなことを言って、また唇を重ねた。
手加減の欠片もない嵐のようなそれに翻弄されて、剣心の手足から力が奪われていく。
「や……ん、ん……やだ……て………あ」
拒否の言葉もこうなっては拒んでいるのかねだっているのか判らない。
「なあなあ、旨かった? ずっと欲しかった? なあなあなあ」
意地悪く囁かれ、ジーンズ越しにもはっきり感じられる硬い熱塊を押しつけられて、剣心が固く目を閉じる。すでにくっきりと反応を示すその股間を、左之助が腿で押し上げた。
「もしかしてヤラシイ夢とか見てたんだろ。寝言でオレの名前ばっか呼んでたぞ」
剣心の方は踏ん張ろうにも新聞受けの出っ張りに腰が浮いて体勢が落ち着かず、上体が揺れる度にドアが鈍重な金属音を立てて騒ぐのが気障りらしい。
「ね、寝言は、そっち、だろっ」
しぶとく反抗心を示してくるが、短く途切れる言葉の語尾が意思を裏切って切なげに震えて、左之助を楽しませる。
「朝……だって。仕事、言ってんのに、人の手、つかんで、離……ないし」
「へえぇー、そんでガマンできなくなったんだー。あっそう、ふーん」
そう言って、右の乳首をTシャツごと口に含み、左を差し入れた手で直に
抓むと、剣心の身体がぴくぴくと痙攣して、息をつめる音が聞こえた。
汗ばんだ乳首は蜜でも沁み出したようにねっとりと湿って、指に吸いつく。柔らかく立ち上がっていた小さな肉芽が、指と口の中でみるみる硬く育っていく。唾液に濡れた布ごと吸っては舐ぶり、指先でこりこりとひねり回して、震える身体を脚で揺り上げながら、音を上げて泣くまで弄った。
「ずっとひとりでしてたのか? あん時みたいに」
熱い呼気は、剣心の鼓膜と意識を直に震わせる。
縮こまって硬直した隙に、左之助が勢いよく剣心のジーンズを引き下ろした。汗で濡れた下半身が外気に曝され、剣心がさらに身を縮めた。
湿ったボクサーショーツがびったり張りついて勃起した局部を強調していて、なまじ裸形を晒しているより生々しい。
「すげ。しかも濡れまくり。いつから? なあなあ」
耳元で囁きながらちょんちょんと指先で突付くと、剣心の身体が大きく震えた。
「う」
すするように呻いて、逸らした顔を拳で隠そうとする。
奔放なときは左之助の方がたじろぐほど奔放なくせに時に異様に及び腰になる、そのスイッチがどこにあるのかは、二年以上経った今もおぼろげにしか判らない。だが、パターンの読めてきた攻撃態勢に複雑なものがあるのに対して、どのみち陥落必至の防衛態勢の方はごちそう以外の何物でもない。
強張った手を狩り出し、剣心以上に熱く硬い勃起に押しつけて、追い討ちをかけた。
「ちゃんとお湯も入れた?」
思い出したくもない過去の恥を引き合いに嬲られ、剣心は狂ったように身悶えて反抗しようとしだしたが、すでに威力は半減どころではなく、ほとんどない。しかも膝まで下ろしたジーンズが足枷となって、もはや押さえこむ必要は完全になくなっている。
左之助は土間に膝をついて指を口に換えた。
「やだ………や、あ、あ」
汗やら何やらで汚れた下着を口で触れられるのが恥ずかしいせいか、布越しに舐ぶられるのがいつもと異なる官能を揺り起こすのか、それとも緩衝材に阻まれた愛撫がもどかしいのか、何がどうしたのかというほど狂おしく身悶えている。
「んー。剣心さんのニオイがしますねー」
わざと音を立てて息を吸い、くんくんと鼻を鳴らすと、いたたまれない様子でしゃくりあげ始めた。震える指が髪をつかむのを感じながら、あえて下着の上から小さな孔の入り口を揉みしだく。
「いやだって、やめろって………なんで……」
なんでもくそも、いやがるからだ。
比較的きれい好きかつ内弁慶の剣心がひどくいやがることがいくつかあって、それはもうものすごく真剣に激しく拒否するので、左之助も滅多にそんなことはしない。というよりもできない。無理強いしようとしても野生動物並の凶暴さで反撃され、下手をすればそのまま伸されて終わってしまいかねない。が、こんな風に弱っているときは事情が違う。はじめの頃は、そのあたりの微妙な按配を読み違えて失敗することも多かったが、さすがにかなり進歩した。
いやがって必死に抵抗して、だが最終的には負かされて、必死に抵抗した分だけ大きなダメージを受けて目に見えて弱っていくその様子が、狩られる獲物の目が、普段が普段だけに、たまらない。
「いや……も、やめ………」
濡れそぼった拒否の声は、抵抗よりも降伏を思わせる。
毎度毎度必死かつ無駄な抵抗を繰り返す我が身の自業自得と、いっぱいいっぱいの状態で本当に気付いていないのか、気付いていながらも抵わずにはいられないのか、あるいはもしかしたら――。
いずれにせよ、その思う壺な反応が左之助の想像力をますます加速させていく。
心地悪そうに身をよじり、汗で束になった髪をばさばさと振っているのは、まとわりつくTシャツと下着が気になるせいだろう。だが、単に張り付く気持ち悪さのためだけでないのがわかっている以上、そうそう望みどおりにしてやるつもりはない。
あちこち吸い上げながら、柔らかい袋を掌に包み、密着する布をわざと擦りつけて手の中で転がす。がくがくと目に見えるほどに痙攣する両膝を左腕に抱え、器用な指さばきで袋の付け根やら小さいが深い窪みの周りを遊び、濡れた布をまとった指先でひくひくとのたうつ卑猥な口を弄って、指と口で追い詰めていく。剣心の上体は、折れては反り、しなっては崩れ、その度に鉄の扉がガタガタと耳障りな音を立てる。敏感なところばかりを執拗にこねあげられて、声は弱々しく震える。
「さの……も、わかった、から……」
怯んだ声が、左之助の頭上に降ってきた。
「ドア……うるさ……気……が……」
「ウソつけ。ギャラリーいるのがいんだろ?」
「………?」
「外。廊下」
まさか。
熱を帯びた目が大きく開いて、そう訴えた。
「いるんだなこれが」
左之助は立ち上がってドアスコープを覗き、これ見よがしにニヤリと笑った。
「野郎が二人な」
「うそ……」
「と思うなら自分で見てみろよ」
と、肩を横にされた剣心が目と口を強く閉じて俯いた途端、べったりと張りついていた下着が剥かれ、こもっていた濃い熱気が薄暗い玄関に充満した。
外から見えないとわかってはいるが、見える見えないの問題ではない。
うろたえてつい暴れてしまい、ガタンと鳴ったドアの音にまた狼狽して、身をすくませる。
鋼鉄の玄関ドアは、厳重な隔壁に見えて、音には寛容だ。
言われてみれば、耳をすませるまでもなく、廊下にいる人間が低く囁き交わす声さえはっきり聞こえている。
ならば当然―――。
これだけうるさくドアを揺らしていれば、通りかかった誰かが不審に思って足を止め、耳をそばだてるのも当然だろう。
顔を上げた剣心は、口を一文字に結んで、目にはこれでもかというほどの強い訴えをこめて、左之助の肩のあたりのTシャツを握り締めて、必死に見る。いじめっ子モード全開の左之助を相手に、それが完全に墓穴を掘っている自覚はもちろんない。苛立たしげに眉を寄せて、つかんだシャツを小刻みに揺する剣心を見下ろして、左之助が少し笑った。
「どーしよっかなー」
それを聞いて、剣心の顔が白く引きつる。
さすがに二年も付き合っていれば、その意地の悪い笑い方や、思わせぶりな言い方や、今さらのように頬を愛撫する優しげな仕草の先に何が待っているかは察したらしい。無言のまま、鋭く首を振って腕を突っ張ろうとするのを無視して、左之助の指が剣心を貫いた。
「いっ」
反射的に爪先立った脚が震える。左之助の髪を握り締めた手も震える。
だが、宿主の言に反して、中は熱く汗ばみ、原始の生物を思わせる貪欲さで侵入者を飲み込もうとまとわりつく。強引に開かれているせいか、脚に力が入るせいか、左之助の指が動く度に剣心の全身は電流に撃たれたようにびくびくと弾み、驚くほど過敏な反応が返ってくる。
「すげー。初めての時なんか、指の先っちょ入れただけで怖がって泣いてたのにな。それともあれがフリ?」
外を気にして堪えかねる声をなんとか押し殺そうと唇を噛んでは突き上げる快感に口をほどかされる、その間隔が短くなるほどに、息を詰めていられる時間もなし崩しに短くなっていった。
「それに痛いからやだとか人のこと騙しやがって。中のが感じるくせに」
と、長い指の先が細かく振れた。
「ああああっ」
狭い玄関に残響が尾を引き、自分で驚いた剣心が赤くなる。慌てて後ろを振り向いた瞬間、内陰部の敏感な部分を手加減もなくくすぐられた。
「このへん?」
答えは言葉にならず、剣心の口からは濡れた声と唾液が零れるばかり。
「あーあー。こーんなエロい身体んなっちゃって」
「ひ」
「けどお前、ひとり遊びはほどほどにしとけよ」
「や、ち……あっ、や……そ……だ……」
扉一枚隔てた向こうで人が聞き耳を立てていると知りながら、高く掠れる声を抑えることもできず、首振り人形のように頭を振りながら意味をなさない何事かを口走るだけの剣心に、「けどお前」と言った左之助の声に滲んだ苛立ちの響きに気づくだけの余裕があるはずもない。
結局、細い悲鳴が嗄れたむせび泣きになるまで、左之助の指遊びは止まなかった。
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