肉食愛
心とろかすほど大切にいつくしみ抜こうとする心が左之助のなかの男の欲なら、ひざまづかせて意のままに支配したいと猛る心もまた同じ男の欲なのだろう。静かに体重を預けてくる細い肩を抱きしめたときのやさしさも、貫いた身体を壊れるほどに掻き回して力尽きるまで泣かせてみたくなる淫虐心も、同じところから湧いている。二つながらにかけねない本当である自分を我ながら醜いと思う。だがいったん触れたが最後、そんな思慮分別は一瞬で吹き飛ぶことも、矛盾する欲望を双方もろともに満たさぬうちは抑止など不可能であろうことも、もう充分に自覚はした。わからないのは、剣心がこんな支離滅裂ななされように甘んじていることだ。恋とも、まして愛とは呼べまい。もう肉欲ですら、あるのか、ないのか。獣のように貪りながら、まるで気まぐれのようにふいにやさしくなるこんな滅茶苦茶な雄の勝手を、どうして剣心は許しているのか。なぜそれでも拒まずに身体を開くのか。そしてまたなぜ触れずにおられなくなるような危うい隙を見せるのか。そう、まるで自らそれを望むかのように――。
こんなものはもはや蹂躙だと思う一方で、征服のよろこびに男は昂ぶる。幾度目かの欲望を中に吐き出すと、左之助は剣心の弛緩した身体をそっと抱き起こした。上にまたがらせると、繋がったままの身体に力がかかってか小さく呻いて眉を寄せた後、重たげな頭が肩にもたれかかってきた。乱れ髪に手指を差し入れ、頭蓋を掌に包む。どうして許すのだろう。どうして昼の笑顔が変わらないのだろう。切ないような愛しさがこみ上げて左之助を責めた。頬を撫し、顎に指をかける。くと持ち上げると、半ば朦朧とした瞳がゆだねきったまなざしで左之助を見上げて揺れている。引き込まれるように唇を重ねる。衝きあげる愛おしさのままにそっと押しつけ、やさしく噛んで、下唇を舐める。だが身体は正直だ。甘やかな口づけに溶かされた剣心の身体がきゅっとすぼまって左之助を締めつけるとまた血は騒ぎ、もうひとつの欲望が目を覚ます。舌をさし入れ、強く吸いながら、白い胸に手を這わせる。二つの小さな突起は快楽に脆いこの剣客を切なく喘がせる泣きどころだ。欲まかせに口づけながら捏ねくると、背はしなり身はうち震え顎には唾液がしたたる。疲れ果てたはずの無防備な身体にまたやすやすと官能が充填されていく様はあまりに心地好く左之助を虜にし、そしてあふれるほどだった愛しいような切なさは突如狂暴な獣欲に食い散らされる。折れそうに細い足首をつかむ。高々と広げて悲鳴を上げさせるだけでは足りない。きつく揺さぶりながら下からも衝き上げ、責められるままに嬌声を上げる姿に煽られてはまた猛り、そして加虐は増していく。受け容れた部分に全体重のかかる無理な体勢での荒い抽挿はよほどただならぬ衝撃だったのか、狂わしい嬌声はやがて獣のような低いうめき声になってゆき、左之助の肩には幾度も爪が立てられた。体重をかけて押し倒し、長い時間をかけて欲を果たす。男に抱かれることなど知りもしなかった身体だが、開いてみれば多淫だった。されるままにただ受け容れた最初から数えるほどもなく自ら愉しむことを覚え、口の使い方を覚え、やがて外より中の感じる身体になるまでにそう時間はかからなかった。足を開かせぐずぐずに掻き回し、穿たれる快感だけで達するまで責めぬかずにはすまされない。先に行かされた剣心のものと、とうにあふれてぐちゅぐちゅになったところにさらに注入された左之助のものとが入り混じって、青い雄の性臭が立ち上る。
ようやく身体を二つに離されても、剣心は糸の切れた人形のように身動きもしない。焦点の合わない目がほぼ開かれて茫と上を向いているのが、なまじ気を失っているよりも屍じみて生々しい。事後のやさしさで左之助が労るように身を清めているのも、わかっているのか、いないのか。口に当てられた片口から冷水をひとくち飲んで、やっと心づいたらしい。深い光を宿したまなざしがまっすぐ左之助に当てられた。思わず言葉が口を突く。
「おめえ、こんな無茶苦茶……なんで黙って……させとく」
こんなものが恋でも愛でもあろうはずがない。実力で敵わない相手を征服し支配しようとする卑劣なやり口だと蔑んで当然だろうに。
「……なぜ……と……?」
豊かなまつげが重たげに伏せられ、ややあって持ち上がる。
開いた瞳に意志的な光が閃いた。
「これがうれしい……と言ったら……。ぬしはおれを蔑むか?」
その顔に愉悦の笑みが嫣然と広がるのを、左之助は茫然と見た。
了/2009.11.3(2009年5月4日発行同人誌『肉食愛』より再録)
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