ソラユメ
珍しいこともあるものだ。剣心が寝ぼけている。
左之助は、どうしたものかと思案した。
皆が起き出てくる前に神谷に戻らねばならないはずだ。
もう起こした方がいいのだろう。
だが、腕の上で半睡の潤んだ目をまばたく様子があんまり愛おしくて、
手放すには忍びなかった。
もうちょっとだけ。
ついぞ見たことのないあどけない恋人を掛け布にしまい、
幸せな眠りの楽土に戻っていった。
剣心は、外の気配に気を澄ませて、どうしたものかと思案した。
左之助はまだ夢の中らしい。
上掛けから鼻を出すと、未だ明けぬ冬の朝の凍気がしみてくる。
そろそろ朝の用意をせねばなるまい。
だが、心地よさそうな左之助の寝息はいかにも満ち足りて、
損なうのが惜しまれた。
まだ少しなら、許されよう。
布団の中に蓄えられたぬくもりに
身も心も委ねて目をつむり、愛の繭に戻っていく。
再び目覚めて、左之助は再び思案した。
まだ、ぐっすりだ。
いつも眠りの浅い剣心が、今日は一体どうしたことか。
委ねられた身体をそうっと抱き寄せ、掛け布に包み直す。
今朝はひときわ冷え込みがきつい。帰りはさぞ凍えるだろう。
もうちょっと。もうちょっとだけ。
再び目覚めて、剣心は再び思案した。
左之助はまだ熟睡している。
こんなに安らいだ顔は見たことがない。
幸福感と罪悪感。胸のあたりが甘く疼く。
ごめん、あと少しだけ。
………。
………。
………。
………。
不 覚 に 恋 い あ う 永 遠 の 空 夢
叶 う こ と な き 冬 の 朝
―――― 明 治 十 二 年 一 月
了/2011.1.2
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