戯れ事
シャクッ………ボリボリボリッ―――。
緋村さんはスイカ好きだ。
うり全般を好むらしいが、なかでもスイカとめろんが一等好物なのだ。
シャクッ………ボリボリボリッ―――。
初めてスイカを出してもらったのは、といを直して芝を刈ったあの日だった。
スイカがあんなに美味な食べ物だとは知らなかった。
それ以来おれもスイカが好物になった。
これからは好きな食べ物を訊ねられたら断然スイカと答えようと決めたが、生憎まだ誰にも訊かれない。
シャクッ………ボリボリボリッ―――。
初めて一緒に食べたのは、おれがバイト先の酒屋で貰ってきたスイカだった。
「ありがとう。うれしい」
相変わらず無表情で牛乳瓶の底みたいな眼鏡が邪魔ではあったが、ふだん口数が少なくしかも端的な客観的表現の多いひとだけにストレートな「うれしい」は染みた。
大玉のスイカをひと撃ちでまっぷたつにした緋村さんの包丁さばきとその時の胸のすく音も印象的だった。
それ以来、今日で数えて三回目。
ジャワッ……………ガ、ガガ、ゴリッ、ゴツッ―――。
「いでっ………ぐげ、げほっ」
スイカ好きの緋村さんは、とても早くスイカを食べる。
ちょっと変わったその食べ方を真似ようとしたら、種を噛み砕き損ねた上に力の入れすぎで舌を噛んだ。しかも噛み損なった種が勢いよく咽喉に飛び込んで絡んだ。
「う、ぐ」
緋村さんはスイカの種を取り除きも吐き出しもしないのだ。
勢いよくかぶりついて種を噛み砕き、丸ごと全部呑みくだす。
おれが一切れ食べる間に三切れを食べられるのも当然だ。
「きみの分を取りはしない。焦らず食べればよいものを」
早くたくさん食べたいわけではないがあなたと同じようにしてみたかったのだと言えばあなたは馬鹿馬鹿しいと思うだろうか。呆れるだろうか。鬱陶しがるだろうか。
ガ、ゴ……バキッ………ごくん―――。
「ふうーぅ」
「……食べたのか」
おれを凝視する緋村さんはやはり無表情で何を考えているのかよくわからないが、緋村さんにじっと見られるのはやはり嬉しい。
などと現金にほくほくしたせいで、何を言われたのかが最初はぴんとこなかった。
「芽が出るぞ」
「………は?」
「西瓜の種を食べるとへそから西瓜の芽が生えてくる。知らないのか」
「うははは。またまたー。ガキじゃねんだから脅そうったって無理無理。つか今どきガキでもそんなの騙されねえって。だいたい緋村さんいつも食べてんじゃん、生えてねえじゃん」
緋村さんの戯れ言なんて初めてだ。
おれはもうものすごく嬉しくなって小躍り大躍りの気持ちで混ぜ返したのだが。
「おれは成人している。きみはまだ未成年だろう。二十歳を過ぎるまでは西瓜の種は食べてはいけない」
「………へ?」
「食べてしまったか」
「…………」
「そうか」
後はもう何とも言わず、緋村さんはスイカに専念しはじめた。
シャクッ………ボリボリボリッ―――。
シャクッ………ボリボリボリッ―――。
シャクッ………ボリボリボリッ―――。
思わず自分のへそを覗き込んだ。
六つに割れた自慢の腹筋の下部にあるスマートなおれのへそ。
へそからスイカ?
――――うそだろ………?
了/2006.08.16〜11.24(「ZARE-GOTO」改題)
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