◇web拍手お礼小話2◇  (原作系)

大したことはしてませんが、ややエロ気分なので苦手な方はゴメンナサイ;;

三(裏)――月下香


 荒れた境内に、春の夜気はじっとりと重い。
 左之助は剣心を左脇に抱えたまま、茂り放題の庭から本堂の横手に回った。
 かなりの規模らしい。回廊があり、堂舎が点在している。
 廃寺になる前は相当な檀家を抱えていただろうが、隆盛は往時の話。いま出入りするものは、獣は知らず、人は何かしらやましい目的のある者だけだろう。とはいえ、女子どもなら怯えもしようが、かまう彼らではない。
 どんどん奥へ入り込み、大木の下の小さなひとつに上がりこんだ。
 剣心は腕ごと胴を抱えられ、爪先を揺らしながら、口での抵抗を続けている。
 本気になってほどけない戒めでないことは互いに承知の上。だが、振りほどかないことで受け入れる、そのやりようが左之助には不足だった。
 左之助より十も長けているにもかかわらず、剣心の砦は信じられないほど脆い。ひどく過敏に反応を返し、簡単に自分を手放す。彼の未熟な快楽に、これまではそれなりに気も遣ってきたつもりだったが。
 何も言わず、いきなり口に噛み付いた。横抱きにしていた身体を自脚で立たせはしたが、腕の力は弱めていない。細いが硬い肉のついた身体が弓なりに反って、二人分の重みを、それでもさすがにしっかりと支える。
 唇を吸い、舌先を弄びながら目を開く。
 幾度会を重ねても、呼吸を忘れて苦しそうに息を継ぐ不器用さが変わらない。鍛え上げた剣客の身で、その程度はすぐに会得できようものを、身体は覚えても意識がついてこないらしい。
 すぐ目の前で、緩く伏せた睫毛が不規則に震えている。
 見られているとも気付かないのか。
 それほどに。
 そう思うと、血がざわざわと騒ぎ立つ。
 吸い出した舌に歯を立て、驚いて引き込むのについて行って、咥内を舐ぶる。
 軽い戯れの合間に、混じった唾液が剣心の顎に伝い落ちていく。
「っ……ふ……」
 堪えかねたか、吐息に掠れたため息が混じった。
 固く反っていた身体は、すでに重心も落ち、左之助を支えにようやく立っているにすぎない。
 こんな児戯に等しい口慰みで。
 必死に応える眉間に小さなしわが影をつくっている。
 ただでさえ大いに年上とはとても見えないものが、これではまるで稚けない子どもを嬲っているような気さえしそうになる。だが、握りこんだ腕と掌に応える肉の強さと硬さと、何より剣術が作る独特の筋肉が、やはりそれが鉄の剣を軽々と振るう武術家であると語っていた。
 愛しいその身をいっそそのまま貪ってしまいたいと、ふと思った。
 思った瞬間、剣心の身体の震えが止まった。
「……之?」
 それでも何かを感じたのだとして、それをさすがと言うべきか。
 だが、開いた目は濡れ、唇はぬらぬらと光り、足元は覚束ない。
 あるまじき姿に昏い愉悦を覚え、離れかけた唇に再び喰らいついた。
 暴れる血が沸点に近いのが自分でもわかる。
 子どものじゃれあいを許さない深く濃密な口づけに、剣心が驚いて目を見開く。応え得ず、だが逃がれも得ず、きつく瞼を合わせて、ただ過ぎるのを待つしかない。
 次第に腕の中の身体が脱力していく。細かく震えているのは、膝が崩れる前兆だろう。
 あるいは、これまで受けたことのない荒いなされようを警戒しているのか。
 刀を疾うに奪われているとは気付いているのか。
 時折むせて大きな息を継ぐ目尻が、わずかに濡れているのに気付いた。
 顎を掴んだまま、顔を離した。
 肩で息をする、そんな姿は闘いの最中でもまず見ない。
 昏惑した視線が左之助の面上を泳ぐ。
 細い咽喉がこくりと音を立てる。
 黙したまま見据える左之助を、呼ぶ声に、疑念が滲んだ。
 その声に、目に、息遣いに、また黒々しいものが頭をもたげる。
 卑しく歪んだ気持ちと真っ直ぐに向かう気持ちが、もはや不可分に混濁していた。いつも半ば忍従の態でただ耐えているとでも言いたげな剣心に、同じほど求めさせてみたいと思った。この硬い身体を、狂うほどに乱してみたいと思った。
「どうして欲しい?」
「……え?」
 なにを言われているのか判らないらしい。
 が、無防備な喉を指の背で撫で上げると、意図を察したか、わずかに不愉快そうな色を見せた。
 行為自体を嫌うではないが、揶揄を嫌う。根が生真面目なのか極度の奥手か、他愛ない戯れも愚弄と映るらしい。遊びものなら他をあたれというようなことを言われもした。
 怒らせてみたくて、嬲る目で舐めまわした。
 敏感に感じ取って、上気した頬がこわばる。
 嫌悪をあらわに背を丸めて身を離そうとしたが、反撃の間を与えず床に叩きつけ、全身で押さえて自由を奪った。
 突っぱねる腕が本気なら、得物はなくとも力は残っていたはずだ。
 小さな優越を覚えて、影の中の青白い顔を覗きこむ。
「怖いか」
 言うと、目を逸らしもせず睨み返してきた。
「俺が? 貴様を?」
 その口の端に、皮肉な微笑が走る。
 力任せに引き剥いで裸身を曝ける。
 なお冴え渡る鋭い眼光に、何かが音を立てて弾け飛ぶ。
「なら、狂わせてやる」
 白い生身を濡らす青黒い影が、ぞっとするほど妖しく映った。




了/2005.09.23〜11.1
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