OYASIRAZOO
「なんかおれにできることあったら言えよ」
緋村さんは浅くうなずいた。
こんなおとなしやかなうなずき方はこの人らしくない。
つまり、それだけダメージが大きかったということだ。
胸に手を突っ込んでギリギリと締め上げられる息苦しさ。
おれの愛しい緋村さんをこんなにした、そのなんとかいう男に、殺意さえ覚えた。
顔色が悪いとかしんどうそうとかぐったりしてるとか、もうそういう問題じゃない。
言ってしまえば、抜け殻のような。
そして抜け殻のように力なく横たわりながら、緋村さんは耐えていた。不規則に襲う疼痛に。ぶり返す嘔吐感に。予告なく訪れるフラッシュバックに。忍辱の記憶に。
患者なら医者にはすべてを委ねざるをえないではないか。それが、こんなことになるなんて。やっぱりついていけばよかった。一人で大丈夫、すぐ済むらしいから枇杷でも食べながら待ってろと、外見はいつも通り無表情だったけど、おれ的翻訳フィルター越しに見ればおれだけに見せる花の笑顔を残して、出かけていった。
帰ってきた緋村さんはボロボロだった。もともと少ない口数はさらに少なく、表情も虚ろで、おれと目を合わせようとしない。体がだるいから横になるといって床を取り、大丈夫か、何があったと訊ねても答えない。けれど、じゃあ帰った方がいいかと問うと、いつものあの淡々とした声音で、衝撃のひとこと。
「そばにいてほしい」
撃ち抜かれるってのは、ああいうのを言うんだな。そばにいてほしい。言葉は本当に矢になるんだと知った。そして射るべき人をぐっさりと射抜いたら、その鉛のやじりは宇宙で燃え続ける恒星のように燃え続けて、やがて中心には鉄ができる。どろどろに溶けた赤いマグマなのか、固くゆるぎない鋼鉄なのか、えーっと、星の中心ってどっちだったっけ。ってどっちでもいいや。とにかく鉄ができて、それは星の自圧がビッグバンを引き起こすまで、中心で燃えるか固まるかしている。
そばにいてほしい。
射抜かれると血が沸く。男という動物の血は沸騰すると勝手に下半身に集合したがるもので、おれも男だから動物的な反応が現象した。男はみんな狼だ。その通り。そして、弱った獲物の無防備な姿ほど、男を狼にするものはない。
でも。
そばにいてほしい。
おれを射たのは、矢は矢でも、言葉の矢だった。
そばにいてほしい。
澄んだ言葉は、狼男に人の心を思い出させる。
「なんかおれにできることあったら言えよ」
掛け布団の端からのぞく手先に触れると、びくっと震えて、それから雪のとけるように力が抜けた。
頬が腫れているためか安堵のためか、いつもより幼く見える。
痛ましい。と思う一方で、沸点の低い男の血がまた黒々とささやく。
(いかんいかん。悪霊退散。悪魔よ去れ!)
おれは緋村さんの額に魔除けのくちづけをした。
すると、青かった顔に少し赤みが戻った。
星の熱が緋村さんにも届いたのかな。
そう思うと、さっき射られたところからじんわりとした温もりが広がった。
2011/8/17〜2011/12/31
│拍手│