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大収穫祭

北春日部ロビン


「緋村のタイプって、どんなヤツ?」

あれは俺が高校2年の夏休みが終わったばかりの頃。
珍しく遅刻もしなかった朝……というより意味もなく早く来すぎてしまった俺は、蒸し暑い廊下で見かけた、ちっこい担任の緋村に聞いてみた。

「タイプ?」
「例えば……職業で言うと?」
「は?」

緋村は廊下の窓を開けながら惚けた声を出した。
廊下の端から端まで一つずつ窓を開けていく緋村は、チビのくせにキビキビ動いて、情けないくらいに背伸びをしていて、移動する度にジャージを引きずっていた。

「いいから早く答えろよ」
「ん~強いて言うなら……やっぱり、先生かな」

やっぱりな……そう言うと思った。

「へ~、やっぱ堅物好みか」
「別にそう言う訳じゃないけど」
「じゃあ、何だよ」
「同業者なら気が合い易いと思って」

この学校に今、緋村の気に入っている先生なんかいるのだろうか。
もし、いるとしたら……うん、絶対アイツだと思った。
何故なら、その時の緋村の目線の先には保健室の美人先生が映っていたから。
俺は少し悔しくなって、吐き捨てるような口調で言った。

「そんだけで先生かよッ」
「だから、強いてって言っただろ」

また一つ緋村が窓を開けると、美人先生・恵ちゃんが緋村に気付いて頭を下げた。
緋村は俺と会話の途中なのに、きちんと頭を下げ返したりする。
昇降口から緋村を見上げる恵ちゃんと、二階の窓から恵ちゃんを見下ろす緋村。
そこには二人に通じ合う何かがあるみたいで、俺は、そんな二人が気に入らなかった。
だから、ついあんなことを口走ったのかもしれない。

「じゃあ、俺が先生になったら、緋村付き合ってくれるか?」
「あはははは……相楽が先生?」
「そんなに可笑しいか?」
「当たり前だろ、勉強嫌いなのにぃ」

緋村は目尻に指を当てながら大笑いした。
それに思いっきり図星なことを言うもんだから、俺は知らないうちにムキになって大声を上げていた。

「何だよ!俺にはムリだって言いたいのかよ?!」
「いや。相楽が先生になったら、俺も嬉しいよ」

へ……?

今、馬鹿笑いしていた緋村が、すごく優しい顔で言った。
それは社交辞令みたいにありふれた言葉だったけど、緋村の口から出ると、そんな言葉も本当のように思えた。
だから俺は呆気にとられて、素っ頓狂な声を出したんだ。

「そ、それ、マジィ~?」
「ああ。その時はメシでも酒でも付き合うよ」
「決めた。……俺、絶対ぇ先生になってやる」
「そうか。まあ、頑張れよ。クククク……」
「ああ、頑張る」

緋村は笑いながら背中で軽く手を振って、職員室へ向かった。
どこか頼りないその背中に、俺は小さく言ってやった。

「忘れんなよ、その約束」



緋村は『付き合う』って意味を俺とは違う意味で捉えていた。
そんなことは分かっていたけど、俺は少しでも緋村に近づきたかったから、そんなこと気にしなかった。



下から数えた方が早かった成績も、猛勉強を重ね少しずつだったけど逆転していった。
緋村が言ったように俺は勉強が大嫌いだった。
机に向かってじっとしていること自体苦手な俺が、猛勉強なんて自分でも信じられなかった。
投げ出したくなることも山ほどあった。
だけど、緋村のタイプになれるなら、俺は何だってやる覚悟でいた。
それが、たまたま先生になることで、それには勉強が必要だっただけ。
何に当たっても、どうにもならない。
自分で選んだことだから、俺はやるしかなった。




「卒業おめでとう」
「どーも」
「本当に頑張ったな」
「当たり前だろ」

卒業式の日、俺と緋村が交わした会話はそれだけだった。
正直言うと、俺はもっともっと緋村と話したかった。
だけど俺はまたここに帰ってくる気でいただけに、平気でさようならとか言っちゃいそうな緋村に少しビビったんだ。


普段はジャージ姿の男が珍しくスーツを着たイケてる姿は、こんな時にしか見られない。
俺はとりあえずみたいな顔で緋村の隣に並び、携帯のカメラで写真を撮った。
そしてその後、俺は早足で緋村の前から去った。
だから、緋村が俺の背中に言った言葉なんて当然聞こえなかった。

「淋しくなるな……」




やっぱ、小せぇな~緋村……。

家でこっそり、電車の中でこっそり携帯を覗く俺は怪しかったと思う。
また緋村と再会する日まで、俺はその写真をセコい励みにしていた。





それから、俺は運良く(?)合格した大学に進み、やっと緋村と再会する機会を手に入れた。
待ちに待った教育実習……。
行き先は狙い通り、俺の母校に決まった。

慣れない勉強に慣れない環境、慣れない周りの奴等といざこざも起こさず、なんとかここまで来たんだ。
たった二週間だけど、これでやっと報われる。



「よッ、緋村!」
「……相楽? 相楽ー! 久しぶりだな~元気だったか?」
「ああ、驚いたか?」
「ああ、驚いた。でも嬉しいよ」

教育実習初日、挨拶に行った職員室で俺はとうとう緋村と再会した。
緋村は相変わらず優しい笑顔でジャージを引きずっていた。
だけど身長は何だかあの頃より縮まった気がする。

「相楽、お前また背伸びたな」
「あ、そっか……」
「へ?」
                           
俺は自分の成長なんて気にしてなかったから、緋村に言われるまで気が付かなかった。
緋村が縮んでいたんじゃなくて、俺の背が伸びただけだった。

「俺はてっきり緋村が縮んだのかと思って」
「アハハハハ……相変わらずだな。まあ、しっかりやれよ、相楽センセ」
「うぃ~っす」

俺はその日から緋村と行動を共にすることになった。
緋村の受け持つクラスで紹介され、時々HRをやらされた。
俺の担当は一応日本史だけど、暇な時間は他の授業にも顔を出した。
緋村の日本史は、解り易くて生徒達からも人気がある。
俺は教室の後ろで、あの頃と変わらない授業風景を眺め昔を思い出したりしていた。

「じゃあ、明日は相楽先生にやってもらうから。はい、終わり」

終業のチャイムが鳴り終わり緋村が言うと、生徒達が一斉に俺に振り返った。
俺はこんなに沢山の目に見つめられたことなんて初めてだった。
俺が無意識に後退りすると、緋村はイタズラっぽく笑って前のドアから一人だけさっさと教室を抜け出した。
すると、一人の生徒が俺の顔色を見ながらからかってくる。

「相楽先生、ビビってんのか?」
「んなわけあるか……」
「じゃあ、明日楽しみにしてるよ。じゃーなー!」

俺は生意気な生徒に、あの頃の自分を見たような気がした。
俺もあの頃はこんな風に、緋村をからかって遊んでたっけ……。

昼休みになり、生徒達も先生達も、あちこち移動をはじめる。
俺はとりあえず、職員室に顔を出した。
すると、緋村は自分の席で弁当を広げている。

「緋村、弁当?」
「まあな」
「結婚したのか?」
「いいや」
「じゃ、彼女が作ってくれんのか?美味そうだな、ちょっとくれよ」
「止めろ、こら! ……ったく、それだけだぞ」
「おお、美味いじゃん。緋村の彼女、料理上手いんだな」

俺は緋村の弁当箱から玉子焼きを奪って、口の中に放り込んだ。
すると、緋村はちょっと不貞腐れたように俺を睨みながら言った。

「自分で作ったんだッ」
「は?彼女じゃねぇの? ……って、もしかして彼女いねぇの?」

俺がそう言った途端、緋村は俺の耳を引っ張って、俺を憎憎しいと言わんばかりの口調で言った。

「悪かったな、彼女もいなくてッ」
「クククク……マジで~?!いね~の~?!」
「煩いっ!!」

まだ職員室に残っていた先生が俺達を見て笑っていた。
緋村は悔しそうに俺に背中を向たけど、俺は緋村に彼女がいないと知って素直に嬉しくなった。
そして女みたいに弁当箱の蓋で隠しながら弁当を食べる緋村が可愛くて思えて仕方なかった。

「じゃあ、明日から俺にも弁当作ってくれよ」
「はあ?」
「そんなん一つ作るも二つ作るもいっしょだろ?」
「そんなこと言うならなら、お前が作ってこいよ」
「嫌なこった。俺はこの玉子焼きが気に入ったんだ。だから作ってくれよ。な、いいだろ?」
「お断りだ」
「んだよ、ケチ!」
「ケチで結構」

緋村は腕を伸ばし真面目な顔できっぱり断ってるけど、ジャージの袖が長すぎて指先しか出ていない。
そんな小さくてダサい緋村を俺は更にからかいたくなってしまった。

「ケチ!ケチ!ドケチ!緋村のドケチ!ついでにドエロ! は~エロエロ!」
「何だよ、それ…」
「見っとも無いぞ、緋村。彼女がいないからって拗ねんなよ」
「相楽……お前、可愛くないな」
「作れよ!」
「やだね」
「よし、分かった。だったら明日は俺が作ってやる」
「じゃあ頼む」

緋村は苦笑したけど明日俺の弁当を食えば、明後日には絶対に自分から弁当を作る気になるはずだ。
午後の授業は眠くなったけど、明日の為に緋村の授業をよく見ておかなきゃいけない。
初の俺の授業は上手くいくか、らしくもなく少しだけ不安になった。



HRも終わって、俺も緋村も職員室に戻った。
俺は緋村に明日の授業内容を聞かせろと言われて、今日の緋村の続きをやると言った。
すると、ちょっとやってみろなんて言うから、俺は教科書を開いて明治維新のところを先生っぽく読んだ。
そして調子よく練習していると、牛鍋という文字に反応して俺の腹の虫が鳴いた。

「なんだ相楽、腹減ったのか?」
「ああ~俺も牛鍋食いてぇ」
「ハハハハハ……行くか、すき焼き?」
「いいね~行く行く! 緋村のおごりな!」
「割り勘だ、割り勘」
「ったく、ほんとケチだな~」

俺はそう言いながらも、緋村と一緒の晩飯を喜んだ。
俺達は更衣室でどこの店が美味いとか、安いとか、そんなことを話しながら着替えていた。
俺は緋村の無防備な着替えシーンに戸惑ったけど、緋村は俺の視線など気にせずさっさと着替えを終えた。
そして、脱いだジャージを正座して畳む緋村の姿は、すごく癒し系だと思った。
そのまま緋村を押し倒したい衝動に駆られたが、俺は必死に堪えた。

「お、俺、先に外出てるからな」
「ああ、俺ももう行く」

緋村はロッカーにジャージをしまうと、歪んだ扉を大きな音を立てて閉めた。
イビツな緋村のロッカーは開けるにも閉めるにもコツがいるらしい。
俺と緋村は、まだ残っている先生達に挨拶すると学校を後にした。


緋村は車通勤だった。
俺は助手席に乗せてもらって直様、正直な感想をもらした。

「狭ッ!!」
「相楽はデカイからな、我慢しろ」
「窒息しそうだ、早く行ってくれ!」
「はいはい」

緋村の軽自動車は一昔前の型で、俺の頭は天井ギリギリだった。
すごい圧迫感で、長時間こんなところにいたら本当に窒息死しそうだ。
折角二人きりのドライブなのに、俺は早く車から降りたくなってしまった。
混雑した通りで信号待ちの間、俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
今朝までは怖くて聞けなかったけど、今では彼女がいないことも判明したし……。

「なあ、緋村。恵ちゃんは彼女じゃなかったのか?」
「ああ、彼女だった」
「えーッ、マジー! そんで、そんで?」
「何がだ?」
「フラれたのか?」
「……ああ」
「ひぇ~、カワイソ、緋村~」
「お前、嬉しそうだな……」
「んなこたぁねーよ。かわいそうだよな~緋村~?!」
「黙れ!」

信号が青になった途端、緋村は目一杯アクセルを踏んだ。
俺はその勢いの反動でムチウチになるかと思った。
文句でも言ってやろうと思ったけど、緋村の顔が少しだけ楽しそうだったから俺は許してやることにした。




すき焼き屋に到着し、緋村は店に入ると顔見知りらしい店員に頭を下げた。

「いらっしゃい、緋村先生。今日はお一人じゃないんですね」
「ええ。元教え子なんです、こいつ」
「へ~イイ男じゃないですか」
「そうですか?でも性格は悪いんですよ。あ、すき焼き二人前お願いしますね」

「かしこまりました。ちょっと待っててくださいね、先生」

俺と緋村は狭い座敷に入り、向かい合って座った。
愛想のいい店員がお絞りとか箸とか色々持ってきて落ち着かなかったけど、緋村はいちいち笑顔で店員の相手をしていた。
すき焼きが来るまでは二人きりだ。
そう考えると妙に緊張したけど緋村に悟られるのが嫌で、俺はまた恵ちゃんの話を持ち出した。

「何でフラれたんだ?恵ちゃんに」
「何だっていいだろ」
「いいじゃねぇか、教えろよー」
「言いたくない。はい、この話終わり」
「何だよ~、つまんねぇの…」
「聞いたからって、面白くも何ともないぞ」
「そんなの聞いてみなきゃ分かんねぇだろ?」
「まあ、そのうち気が向いたら話すかもしれないな」
「そのうちって何時だよ?」
「さあ、そのうちだ。あ、きた、きた」

店員がすき焼きを運んできて、俺と緋村の真ん中に鍋を置いていった。
俺が早速、肉を摘むと緋村は俺の手を叩いた。

「何だよ」
「いただきます、言え」
「いったっだっきまーっす、緋村先生ー!」
「奢りじゃないって……」

ろくに昼飯を食べていなかった俺は、あっと言う間に鍋を空にした。
緋村は箸を持ったまま呆気に取られ、次の瞬間、俺を睨んだ。

「相楽……俺、全然食べてないんだぞ」
「緋村先生、おかわりー!!」 
「さっさと頼め。それとお前の奢りな」
「ああ、言うの忘れてたけど俺、金無いから」
「は?!」
「財布忘れてきた、学校に」
「取って来い!」
「すいませ~ん、おかわりくださ~い!あとビールもね~!」
「俺車なんだけど」
「大丈夫、一人で飲むから」

緋村は、こめかみをピクピクさせてたけど、おかわりがくると、すぐに自分の分を別の器に確保した。
猫舌なのか、いつまでも『ふぅ~』っと息を吹き掛け唇を尖らせている。
ちびちびと肉を食べる緋村は何だか小動物みたいで、俺は持って帰りたくなってしまった。
俺達はすき焼きを食べながら、学校の話や生徒達の話をした。
話が進むに連れて笑顔に戻っていく緋村を見ると、とことん先生な男なんだなぁと思った。


緋村が食べ終わる頃には、俺は気分良く酔っていた。
店を出た時の冷たい風は、火照った顔に丁度良くて心地よかった。
俺は車に乗ると、すぐに窓を開ける。
そして、車を置いてから飲みに行かないかと何気なく緋村を誘ってみた。

「明日も学校だぞ。それに財布ないんだろ? 俺だって、もう金無いぞ」
「緋村、貧乏?」
「お前、昔はそんなに失礼なヤツじゃなかったのにな。がっかりだ……」
「冗談だって。分かってるクセに~緋村先生のいぢわる~」
「相楽に先生なんて呼ばれると、気味が悪い」
「どっちが失礼なんだか」
「帰ったら明日の予習、ちゃんとやっとけよ。今日は殆ど出来なかったからな」
「あ!じゃあ緋村んちで予習しようぜ?飲みながら! 俺って頭イイな!」
「お前、予習する気無いだろ……」
「ある、ある。分かんないとこは教えてね、緋村センセ」

車窓から顔を出していた俺は、風に晒され酔いなど既に醒めていたけど、まだ酔っているフリをして、まだ緋村と一緒にいられるように調子良く言葉を並べた。
緋村は鬱陶しそうな顔をしていたけど、明日の授業に自信がないとか適当な言葉を付け足すと、渋々だけど承知してくれた。
そして緋村の家の駐車場に着き車を降りると、俺は向かい側の自販機に駆け寄った。
財布を取り出し何本かビールを買って振り返ると、緋村は苦笑しながら家の鍵を開けていた。

「金無いとか言って、ちゃんと持ってるじゃないか」
「当たり前だろ、ガキじゃあるまいし。財布くらい持ってるっての」
「じゃあ、早速始めよう」
「これ飲んでからにしようぜ」
「飲んだら出来ないだろ?」
「俺は少し飲んでからの方が頭働くんだよ」
「また随分、都合のいい頭なんだな」
「まあ、いいじゃねぇか。久々の再会なんだし、な?」

緋村は腕を組んで考えていたけど、やっぱり久々だったから、そうだなと言うと腰を下ろした。
俺は緋村の分もプルタブを開けて、どうぞ!と両手でビールを差し出した。
あの頃と同じ顔で、俺と緋村は乾杯をした。
もちろん酒の肴は、懐かしいあの頃の話。
俺は緋村のジャージの裾がいつも気になっていたと言うと、緋村は俺の髪型が気になっていたと言った。

「毎朝、何分くらいかけてんのかなーって思ってた」
「5分だ、5分」
「へぇ~…意外に器用なんだな、相楽って」
「見直したか?」
「あ?ああ……」

赤くなりはじめた緋村の顔。だけど表情は顔色とは裏腹に暗くなっていく。

「どうかしたか?」
「俺は、何をやっても不器用だから……」
「は?」
「俺は、俺は……ちきしょ~」
「緋村? ……もう酔ったか?」
「俺のどこがヘタクソなんだよー!」
「おい!ま、まさか……恵ちゃんに言われちゃった?」
「なあ、相楽~俺はヘタクソなのかぁ?」
「し、知るかよ。そんなコト……」

まだ飲み始めたばかりなのに緋村は完璧に酔ってしまったらしい。
ヘタクソを連発し、俺に詰め寄る緋村の瞳はウルウルしていた。
俺は俺の望んだシチュエーションに近付いてるっていうのに、いざその通りになると思うように体が動かない。
緋村は缶が空になったのを確かめると、次の缶に手をつけた。

「まだ飲む気かよ?」
「悪いか~」
「止めとけって。もう、かなり酔ってんじゃねぇか」
「お前が誘ったんだろ~?今更つまんないこと言うな~」
「俺は別に構わないけどよ…この先どうなっても知らねぇぜ?」
「なんだよ、この先って?…ふぅ~~なんか熱くなってきた」

緋村は着ていたトレーナーを脱ぎ、Tシャツ姿になった。
剥き出しになった細い腕は顔と同じく真っ赤だった。
隣に並んで座る緋村は今にも俺にくっ付きそうで、俺は嬉しいような恥ずかしいような、何とも落ち着かない表情だったと思う。
火照った緋村の体温が俺にじわじわと伝染してくる。
そして緋村は俺の顔を凝視し動かなくなった。

「な、何だよ……?」
「相楽は~ウマイのか?」
「は?!」
「なあ、ウマイのか?」
「何がだよ……」

緋村は自分から切り出しておきながら、突然お口にチャックを決め込んだ。

「……」
「言わなきゃ分かんねぇだろうが……」
「言ったら教えるか?」
「まあ、教えなくもないけど……」
「なんか、その答えって胡散臭いな?!」
「何だと!……そんじゃ絶対ぇ教える!言ってみろよ」
「でもなぁ~」
「何だよ、勿体付けやがって!」
「じゃあ……」

チュゥ~

「どうだ? やっぱヘタクソか?」
「えッ…?今の何だ?」
「……やっぱりヘタクソなんだな、俺」
「ククク……アッハハハハー!!」
「笑うことないだろ~!」

大笑いする俺に、緋村は赤い顔を更に赤くして怒った。
俺はずっと緋村が年上になんて思えなかったけど、今のキスで余計にそう思ってしまった。

「悪ぃ~悪ぃ~」
「なあ、相楽……そんなにヘタクソだったか?」
「ヘタクソっていうより、恵ちゃんからすれば物足りなかったんじゃねぇのか?!」
「物足りない……? じゃあ満足するには、どうすればいいんだよ!」
「だから、もっとこう…ネチッこく? こんな感じで」
「んん~…ふぅ~ッ……おい」
「これならいいだろ?」
「いきなり何すんだ。……それにお前のちょっと強引っぽいぞ?」
「女はこれくらいじゃなきゃ満足しやしねぇよ」
「やっぱり分っかんないな~女って……ま、男も分かんないけど~キャハハハハハ」


話しながら、笑いながら、緋村はビールを飲み続けた。
俺の肩や背中を叩きながら、子供みたいに、バカみたいに……。
それでいて、俺と視線が外れた一瞬に哀しそうな顔をする。
なんだかムリしてヤケになってるみたいで、俺は緋村が可愛そうになってきた。
同情とかそんなんじゃないけど、守ってやりたい、なんて……。


「緋村?」
「なんですか~?相楽左之助ク~ン?」
「俺は……分かりやすいと思うぜ?」
「へ?!」
「ヘタクソでも大歓迎だ。何なら俺が特訓してやるよ」
「相楽~?」
「左之助でいい」
「サノスケ?んんーっ……」

俺は緋村にキスをした。

ずっと抑えていた感情をこのキスひとつに込めるように。
あの頃から、変わっていない俺の想い全部を添えて。

「サノ、スケ……」
「今から、そう呼んでくれるか?」
「あ、ああ……」
「ずっと、あの頃から俺……緋村のこと」
「え……?」
「少しでも緋村に近付きたくて……緋村のタイプは先生だっていうからよォ…だから俺、柄じゃねぇけど先生になろうって思ったんだ」
「そ、そうだったのか……アハッ」

緋村は笑った。
柔らかくて、あったかい顔で……。

「緋村剣心!」
「はっ、はい」
「好きだ!」

緋村は、目を大きく開いて驚いている。返事をする声も裏返って、ピクリとも動かない。

「俺のものになってくれ!」
「いいぞ」
「へ?」

俺は腕の中に小さい緋村を閉じ込めた。
緋村は俺を見上げポツリと言った。
俺は緋村の言葉が信じられなくて、緋村の肩を掴んで身体を揺さぶった。

「緋村、今の本当か? 後で冗談でした、なんて言ってもダメだからな」
「ああ」
「本当に本当なんだよな?」
「ヘタクソだけどな」
「んなこたぁ、関係ねぇ」
「おい、サノスケ……いつまで揺すってるんだ」
「あ、ああ、悪い。嬉しくってよ、つい……」
「は吐く……気持ち悪い……ぅぅ」

俺は緋村をトイレまで引っ張っていった。
小さい背中を擦りながら、この背中が俺のものになったと思うと、不謹慎ながらも顔がニヤける。

「お前が卒業して……少し淋しかったんだ……ぅッ」

大きく息を吐き床に膝を付いまま、振り返らずに緋村が言った。

「へ?」
「だから恵先生と……」
「緋村? ……緋村と恵ちゃんて、俺が卒業した後からだったのか?」
「ああ。すぐダメになったけどな」
「すぐって、どのくらい?」
「3週間だったかな……ハハハ、ぅぇ……」
「おい、大丈夫かよ」

俺はまた、可愛そうな背中を擦り続けた。
淋しかった、なんて意外だったし嬉しかったけど、ひとつだけ聞きたいことができてしまった。

淋しかったのは、俺が卒業したからなのか?!それとも、俺意外の奴等も入ってるのか?!


「なあ緋村。もう、淋しくないか?」
「淋しくない……サノスケが、いるからな」

聞きたかったことは言えなかったけど、緋村が全部言ってくれた。
俺はさっきの緋村みたいにウルウルしそうになった。
でも、肩で大きく呼吸をしながら振り向いた緋村を見た途端、そんな想いは吹っ飛んだ。
何故なら、緋村の口には……。

「緋村、きったねー」
「えッ?あ……サノく~ん、キスしようか?」
「やだ!」
「いいじゃないか~~さっきは許可なくしたくせに~ほら~」
「い、今は勘弁してくれ……」

ゲ○だらけの緋村は楽しそうに俺に抱きついてきた。
俺は必死に緋村を引き剥がしてリビングまで逃げた。
変な汗を掻いた俺は、飲みかけのビールを一気に飲んで、フラフラしながら戻ってきた緋村の腕を掴んだ。
その辺に落ちていたタオルで緋村の口を拭いてやると照れた顔を見せる。

チクショー、可愛いぜ緋村!俺も酔ったかな……。

「なんだ?サノ、ス?」
「ふふ~ん」
「うわッ、止めろ……もう飲みたくない~んんッ~!!ハァ……」
「キスしたかったんだろ?なら細かいことは気にすんな」
「口移しなんて、どこで覚えたんだ?」
「さあな、って実は実践は緋村が初めてだけど」
「それにしては、慣れてるみたいだけど?」
「そうか? でも俺にはまだ納得いく出来じゃねーんだよなァ~」
「え?……サ、サノスケ、もういいって……」
「なに遠慮してんだよ」
「うわ~」

それから俺は緋村を押し倒し、何度もビールを飲ませた。
緋村はまたまた顔を赤くして、もういいなんて言いながら、それでも最後には俺の背中に手を回してくれたりする。
だから俺も、愛しい緋村を思い切り抱きしめた。
そして俺達は、そのまま一緒に眠ってしまった。




男同士だから二人で校門を潜っても誰にも怪しまれない。
昨夜は緋村の家に泊まったと言っても、何てことない。
俺は大威張りで、緋村の車から下りた。

俺の初の授業はなんとか上手くいった。
あの生意気な生徒に色々質問攻めされたけど、どうにかかわしてやった。
そして昼休み……

「ほら緋村、食え! あ、そうそう、材料とか勝手に使ったからな」
「いつの間に作ったんだ?」
「そんなのいいから早く食えよ。折角俺が作ってやったんだぞ」
「あ、ああ。いただきます……うっ、マズッッ!!何だこれ、嫌がらせか?!」
「んなわけねぇだろ~!残さず食えよ、明日も作ってやるからな」
「あ、明日は俺が作る。それよりお前、自分の分はどうした?」
「ああ、俺はパン買ってくるからいいや。じゃ~な~」
「待てー!相楽左之助ー!」


緋村は次の日から毎日、二人分の弁当を作ってきた。
それを毎日二人で食べた。
俺の実習が終わるまで、毎日二人で……。


「相楽先生、元気でね」
「相楽先生、お疲れ様でした」
「もう、来るなよ!」

教育実習最終日。
俺は生徒や先生達に色々な別れの言葉を貰った。

「またな」

俺の肩を叩いて、あの優しい笑顔で緋村が言った。
俺は周りを見回してから、そっと緋村の耳元で囁いた。

「淋しくねぇよな?」
「ああ」

今日で、この学校とはおさらばだけど、俺ももう淋しくなんかない。
卒業式の日は、緋村と暫く会えないかと思うと、やっぱり淋しかった。
けど今は、緋村が一緒にいてくれる。
24時間、年がら年中一緒にいられるわけじゃないけど、緋村は俺の一番近くにいてくれる人になった。
離れてても、いつだって俺のすぐ傍にいてくれる。

緋村のタイプになりたくて、少しでも近付きたくて、俺を見て欲しくて…ずっと突っ走ってきた。
ここまで長かったけど、その甲斐もあった。
ずっと欲しかったものを、やっと手に入ることが出来たんだから。


『相楽が先生になったら、俺も嬉しいよ』

もう先生になんかなれなくてもいいや、なんて思ったけど、緋村が言った言葉を思い出すと、やっぱり、本物の先生を目指すのも悪くないかなと思った。


なあ、緋村……今夜は一緒に俺の大収穫祭を祝ってくれ。
なんせ一世一代の大大大収穫なんだから。
分かってると思うけど、収穫されたのはアンタ……緋村剣心。
祝杯を挙げたその後は俺がウマく料理してやるからヘタクソでも心配いらないぜ?!







北春日部ロビン様よりいただきました♪ ロビンさん、ありがとうございますー!  ようこ






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