彼のエプロン

北春日部ロビン



夕焼け色の商店街。
近所には大型スーパーもあるけれど、俺は人情味のあるこっちのほうが好きだ。
昔より寂れてきたとはいえ、今の時間は夕飯時の買い物客でそれなりに賑わっている。
顔見知りになった八百屋のご主人や、愛想のいい魚屋のおかみさん。
あちこちの店先から威勢の良い声が聞こえてくる。

俺は一人で夕食の買い物に来ていた。
「肉が食いたい」と左之助が言ったから、今日は焼肉にしようと思う。
涼しくなってきたこんな陽気でも、左之助はビールが無いと駄駄を捏ねる。
風呂上りに飲む一杯が格別なのは俺も知ってる。
「プハ〜ッ」っと一気にグラスを空けるアイツの顔が見たいから、重くても仕方ない…ちゃんと買ってくよ、瓶のヤツ。

缶ビールは開けるとすぐに缶臭くなるから俺はあんまり好きじゃない。
左之助はそんなことなんて気にならないらしいが、折角飲むなら美味い方がいいに決まってる。
俺は足りない野菜と肉を買ってから酒屋でビールを四本買った。
配達してもらえばよかったな、なんて考えながら歩いていると向こうから大声で俺の名前を呼ぶ左之助。
俺が無視して振り返ると左之助は手を振りながら勢いよく走ってきた。

「おーい、剣心!ただいまー!」
「そんなデカイ声で呼ぶな」
「何だよ、おかえりは?」
「…おかえり」
「なあ、肉買ったか、肉!」
「ああ」
「今日は何だ?」
「焼肉」

左之助は何も言わずに俺からビールの入った袋を取り上げる。
そしてもう一つの袋の中を覗くと怪訝な顔をしながら言った。

「こんだけ?」
「ああ」
「こんなんじゃ足りね〜よ」
「でも高い肉だから」
「高くなくていいから、もっと食わせてくれ」
「じゃあ自分で買ってこい」
「そうする」
「……」

左之助はUターンして肉屋へ向かった。
俺は仕方なく後をついて行く。
重たい袋をぶら下げていても左之助はダッシュで店へと急ぐ。
自分だけ先に店に到着するや否やカウンターの向こうの肉屋のオバちゃんに大声でかなりアバウトすぎる注文をした。

「肉くれー肉ー!大盛りな〜!」
「ちょっと、左之…」
「あ?何だ?っつーか来んの遅ぇよ」

――悪かったな…お前とはコンパスのサイズが違うんだ!

隣の左之助を見上げながら、そう心の中で悪態を吐いた。
左之助はそんな俺のことなんかお構いなしで、値札を見て安い肉を見つけるとそれを指差しながら懲りずに注文を続ける。

「オバちゃん、オバちゃん、このやっすい肉こんくらいくれ!」
「こんくらいって、何g?」
「そんなん分かんねぇよ。こんくらいっつったらこんくらいだろ!」

両掌を上に向け「こんくらい」を繰り返す左之助は、『はじめてのおつかい』に出てくる子供より低レベルだった。
俺は困惑顔のオバちゃんが居た堪れなくなり、思わず横から口を挟んだ。

「500でいいです」
「あら?さっきのお兄さんじゃない。この人お友達?」
「ええ、まあ…」
「ええ、まあ、じゃねぇだろ!オバちゃん、コイツは俺の奥さんだ!」
「アハハハ…じゃあ、カワイイ奥さん、今度ここに来るときまでにダンナさんに買い物の仕方ちゃんと教えといてね」
「俺は奥さんなんかじゃ……」
「行くぞ、女房!」

――次は絶対カミさんとか言うな、コイツ……。

オバちゃんからこんくらいの肉を受け取ると左之助は金も払わずさっさと店を出た。
俺は仕方なく支払いを済ませ、出遅れた分早足で左之助の後を追った。
隣に並ぶと俺を見下ろし、二ッと笑って手を繋いだ。

「ちょっと、止めろよォ」
「やっぱ似合うな」
「は?」
「エプロン」
「どうせ所帯染みてるとか言いたいんだろ」
「拗ねるなよ、カミさん」

――やっぱり……。

俺は左之助を見上げ軽く睨んだ。
左之助はまたニッっと笑うだけで、そのまま俺の手を放さなかった。
いろんな人が俺達の手に気付くと立ち止まったり、振り返ったり、笑ったりしたけど、隣の左之助はあの時みたいに笑っていたから、俺もこれくらいなんてことないのかも、なんて思った。



左之助には時々驚かされる。
普段はただの身体の大きな子供みたいに見えることの方が多いけど、今みたいに周りの目を気にしないというか、自分のスタイルに自信を持ってるというか……。
大袈裟だけど信念を貫き通すような強さみたいな何かがある。
まあ、悪くいえばわがまま…自分勝手…自己中……?


だけど、そんな左之助に俺は今まで何度も助けられてきた。


俺達の関係は、まだまだ世間一般的には蔑まれる部類に入る。
その関係が何時からなんてことは忘れてしまうほど昔だけど、その昔から左之助は俺がヘコむ度にあの笑顔で俺を救ってくれたんだ。
別に悪いことをしてるわけじゃねぇんだから、って……。
あの『ニッ』っていう笑顔ひとつで俺を安心させてくれた。
左之助を好きでいてもいいんだって思わせてくれた。
何も考えていないような顔をして、実は人一倍デリケートな男なのかもしれない。


――だから俺、こんなに左之を好きになったのかもな……。



そんなことを考えながら左之助に手を引かれていた俺は、もう家の前まで来ていたなんて気付きもしなかった。
手を引かれるまま歩いていた俺は、アパートの階段の一番下で脛をぶつけた。
驚いたのは大声を上げた俺よりも、俺の手を引き先に階段を上っていた左之助の方だった。

「痛ぇ〜〜〜〜!」
「おい、剣心!大丈夫か?!」
「おろ〜」
「弁慶か!?」
「ぅぅ……」

俺は膝下ギリギリ丈のズボンを履いていたから、向う脛丸出しだった。
ぼんやりしていただけに、我に返った途端麻酔が覚めたように激しい痛みが襲ってくる。
俺は左之助の手も握っていられず、脛を押さえ階段下に座り込んだ。
左之助は急いで階段を下りてくると足を開いた体育座りの俺の前に屈んで言った。

「おお、ハデにやったな。内出血サービスか?!」
「何だよ、ソレ」
「すっげ痛そ……」
「痛そうじゃなくて、本当に痛いんだよ!」
「あ〜あ〜、大丈夫か、俺の足?」
「いつからお前の足になった。俺のだ、俺の!」
「はいはい、いいからちょっと待ってろ」

左之助はそう言うと、ビールの入った袋や俺がぶら下げてきた買い物袋を全て掴むと一段抜かしで階段を上っていった。
安っぽい造りのアパートの廊下を走る左之助の足音が大きく響く。
一旦遠ざかって、また近づいてくるその足音から左之助の性格が垣間見えた。
慌て者で、せっかちで、荒っぽくて、だけどバカみたいに優しくて…
俺の目の前でその音が止んだ時、俺は腫れ上がった脛を押さえながらもきっと笑顔だったと思う。

「ほら、乗れよ」
「悪いな」
「は?」

俺は遠慮なく左之助の背中に負ぶさった。
いつもなら絶対に断るけど、今日は何だか、そのバカみたいな優しさが嬉しかったから……。
素直に負ぶわれた俺が意外なのだろう。
何で?というような声を出す左之助は立ち上がると顔を俺に向けた。

「熱でもあんのか?」
「…お前にお熱とでも言って欲しいか?」
「ああ、いいね。言ってくれ」
「言うか、アホ……」

左之助は俺を負ぶったまま軽々と階段を上がっていった。
少しだけ開いているドアに爪先を突っ込んで勢いよくドアを蹴り開け中に入った。
左之助が一歩前に進むと同時に俺はノブまで手を伸ばしドアを閉める。
なかなか見事な連携プレーだったと俺はこっそり喜んでいた。
一方左之助は俺の膝の裏に腕を入れたまま突っ立って玄関先で動かなくなった。

「左之?」
「あ、ああ?」
「どうかしたか?もう下りるから」
「ダメだ」
「は?」
「お前の足は気持ちいい、ってか気持ち良過ぎだ」
「何言ってんだよ。いいからもう下ろしてくれよ」
「い・や・だ!」
「湿布したいんだけど」
「じゃあ、さっきのヤツ言ったら下ろす」
「さっきって?」
「『左之にお熱だっちゃ』って言ったら下ろしてやる」
「絶対嫌だ。しかも何だよ、その『だっちゃ』って……」
「じゃあぜって〜下ろさねぇ〜」
「勘弁してくれよ…」
「早く言った方が身の為だぜ?」

左之助はそう言うと片腕だけ俺の膝の裏から抜き、俺の尻を撫でてきた。
顔は前を向いているから見えないが絶対ニヤついているに違いない。

「や、やめろって!」
「なら早く言え」
「だからそれは嫌だ」
「じゃあ、俺もいやだ」
「ちょっと、わッ、止めろって左之!」
「はい続けて〜」
「あッ、ヤダッ」
「は〜?聞こえな〜い」
「左之ッ……お熱だっちゃー!」
「うわッ、うっせーな、バカ!」
「お前が言えって言ったんだろ……」

俺はこのまま左之助の思うがままにされるのが悔しくて、ヤケクソになって耳元で怒鳴った。
左之助は反射的に耳を塞ぐ。
その隙に俺は左之助から脱出した。
俺は左之助に掴まらないうちにケンケンしながら部屋の奥へと逃げた。
灯りを点けて救急箱を取り出し、テレビの前だったけどそこに座った。
すると左之助が片耳を押さえながらフラフラのクセにニヤニヤしながら俺に近付いてくる。
俺の目の前にドサッと座ると俺のエプロン裾を掴んでヒラヒラさせながら言った。

「お前、ヤラシイなぁ」
「放せ」
「ズボン短いからエプロンがスカートみたいだぞ」
「そうかよ……」
「そのエプロン姿は反則だ」
「うるさい。あっち行け!」
「うわッ」

俺は消毒液を左之助の手に吹き掛けた。
左之助はハンカチを忘れた子供みたいに所構わず思い切り両手を振り消毒液を飛ばしている。近くにタオルがなければ自分の服で拭くと思ったのに、俺のエプロンで拭きはじめた。

「おい……」
「いいじゃねぇか。俺にお熱なんだろ?」
「左之が言って欲しそうだったから言ってやっただけだ。ほら、もう邪魔すんな」
「また〜そんなこと言って〜顔赤いぞ?」

いつまでもエプロンから手を放さない左之助。
次第に纏わりついてくる。
俺の肩に乗った左之助の手を払い退け背を向けると、湿布を貼り念の為に包帯を巻いた。

「なあ、そのエプロン何時までつけてる気だ?」
「何時って……晩飯の片付けが終わるまで」
「そうじゃなくてよ」
「何だ?」
「そんな小汚ねぇ俺のお下がりハデハデエプロン(パクりもの)なんか何時まで使う気だ?」
「汚くなんかない。ちゃんと洗濯してるし、俺は結構気に入ってるんだ」
「でもコンビニだぜ? 恥ずかしくねぇのか?」
「別に。もう潰れたんだろ?その店」
「まあな」

珍しく大人しい声を出したと思った次の瞬間、左之助は俺を身体ごとクルッと自分に向けた。
そして満面の笑みで俺に問いかける。

「なあなあ、新しいの買ってやろうか?」
「いい」
「そんなこと言うなよ。もっと、こう……フリフリした新妻みたいなヤツ買ってやるからよ」
「そんなのムリ。っていうか絶対嫌だ」
「いいじゃねぇか〜そんで、そのズボンよりもっと短いの履け」
「嫌だ。俺はこれでいいんだ」
「きっと似合うぜ?」
「要らないって言ってんだろ」
「何だよ、人が折角カワイイの買ってやるって言ってんのによ〜」


――折角ってなんだよ。自分の欲求を満たしたいがために言ってんだろ……。


それからも左之助は俺と目が合う度にエプロンを買ってやると言い続けた。
その度に俺も要らないと言っては左之助を睨んでやった。


それに左之助がいつか言ってたんだ。

『そのエプロンしてるとすぐ分かる』って……。
今日みたいに混雑した商店街で買い物をしていた時だった。
あの時もやっぱり左之助は仕事帰りで、あんなにたくさんの人ごみの中から、こんなちっぽけな俺を見つけて得意気にそう言ったんだ。
だから俺はこのエプロンを外す気は無い。

ずっと左之助が使っていたこのエプロンは明るいオレンジ色で左之助が言うようにハデだけど、これで左之助がまた俺を見つけて『ただいま』って言ってくれるならパクりものだって俺は全然気にしない。

左之助が人の目を気にしないように、俺もそんな時は人目を気にしないで素直に笑えるから…。バカみたいだけど、これをつけてると左之助と一緒にいるみたいで、あったかくなれるから…。



そんな俺の想いもよそに、左之助は不貞腐れたように横になり肘をついた腕に頭を乗せてテレビを見ている。
俺は台所に置きっ放しにしてあった肉とビールを冷蔵庫に入れた。左之助の背後で焼肉用の野菜を切って、ホットプレートを用意していると、左之助がゆっくり振り返る。何を言われるかとドギマギしながら構えていたが、左之助は何も言わず俺の横を通り過ぎた。
左之助の冷めた表情に俺は堪らなくなり、蚊の鳴くような声でどうにか声を掛けた。

「左之?」
「風呂」

左之助は俺に背を向けたままボソッと言った。
心做しか左之助の返事と足音に軽い怒気を感じる。
それくらいで怒るなよ、と思いながらも気まずい雰囲気に堪えられない俺。
機嫌取りのつもりじゃないけど、俺は咄嗟に口を開いた。
言った直後に後悔する羽目になるなんてことを考える余裕もなかった。

「俺も」
「は?」
「俺も、風呂入ろうかなぁっと……」

すると左之助は凄い勢いで振り返り笑顔で俺の腕を掴んだ。
俺はこの先の事態を予測すると、前言撤回を申し入れる。

「…思ったけど、やっぱ止めた」
「遠慮すんなって」
「してない、してない!ほら、ウチの風呂狭いし左之疲れてるだろ?一人でゆっくり入れば。わッ、左之ッ……」
「おお〜!脱いじゃえばエプロンなんてどれもいっしょかもな」
「何やってんだよ…」

左之助は俺のズボンを下着ごと下に下ろした。
またさっきのようにエプロンの裾をヒラヒラ捲って満足気な笑みを浮かべる。
俺は片手でエプロンを押さえて、もう片方でズボンを上げようと必死だった。

「何やってんだよ、剣心。それじゃ風呂入れねぇだろ〜」
「やっぱり今日は入らない。足痛いし」
「ん〜そうだよな〜」
「ちょ、ちょっと左之、頭出せ……」

左之助はのれんを潜るようにエプロンを潜った。
そして包帯の上から俺の足を擦りながら、反対側の無防備になっていた太股に唇を付ける。
その不意な行動に俺は不覚にも左之助に反応してしまった。

「クッ、左之、頼むから…」
「なに?もっと?」
「違う…早く、出てくれ」
「何で?」
「何でって…」
「気持ちいいから?……イテッ、あんだよー」

俺は左之助の頭にエプロンの上から拳骨を落とした。
やっと顔を出した左之助は懲りた様子もなく、俺に覆いかぶさり壁に押し付けた。
狭い脱衣所では逃げ場もない。
俺は左之助を引き剥がそうと躍起になったが、左之助は怪しい笑みを浮かべながら俺の首からエプロンを外した。

「な、何する気だ?」
「こうする気」

左之助は俺のシャツを一気に捲り上げた。
俺はまだ手首が脱げきれないまま間抜けな万歳ポーズ。
左之助は絡まっている袖口を乱暴に纏めると、長い足を上げてそこを押さえ付け、その隙にエプロンを元通り俺の首に掛けた。
そして足を下ろすと、俺の頭上のシャツをきれいさっぱり脱がした。

「ハイ、裸エプロン出来上がり〜」
「楽しいか?」
「ああ。最高だぜ、堪んねぇ〜!……なんだよ、剣心。楽しくね〜のか?」
「当たり前だ」
「何だよ、さっきは一人でよがってたクセに〜」
「な、何言って…んんッ…」

言いかけた俺の唇を左之助のそれで塞がれた。
抵抗しながらも唇を塞がれたままの俺は左之助にされるがままだった。
肩や背中を撫でられ、だんだんと左之助の手が下に下りてくる。
次第に抵抗する気力も奪われていく。
こうなってしまうと、情けなくも俺は左之助の広い背中にしがみ付くしかできない。懸命に声を殺して、きっとハレンチな表情になっている自分の顔を左之助の胸に押し付けて隠した。

「あッ…」

左之助の手がエプロンの中に入ってきて、俺は思わず声を上げてしまった。
その時、左之助が鼻で笑ったから、余計に恥ずかしさが増した。

「左之、ダメ…」
「聞こえませ〜ん」
「足痛い……」
「ウソつけ」

無駄な抵抗をすればする程、左之助はエスカレートした。
呼吸が荒くなった俺の身体を難なく支えながら、卑猥な言葉を囁きながら……。
そして優しく俺の耳を噛みながら甘い言葉を吐いた。

「愛してるぜ…剣心」

俺は左之助の腕の中で眩暈を起こしそうになった。
普段はスキだ、スキだなんて軽々しく言う男が、こんな時に限って…こんなに優しく…こんなに甘く……。

「ズルイ……」

俺は紅潮しながらそれだけ言い、みっともなく膝から崩れた。
尻餅をつきそうになる寸前で左之助に抱えられ、ベッドまで連れて行かれた。
左之助は解けた俺の包帯を慣れない手付きで巻き直している。
俺は左之助の様子を眺めながら視界に入ってきたエプロンを見ると恥ずかしくて堪らなかった。

「こでれよしッ!」
「あ、ありがと…」

左之助は俺の隣に座ると俺の肩を抱き、反対の手で顎を取り触れるだけのキスをした。
そして唇が離れるとエプロンの恥ずかしい部分に目線を固定した。

「あ〜あ……こんなに汚しちまって」
「お、俺のせいじゃない…」
「俺か?」

俺は俯いたまま頷いた。
すると左之助は自分の着ていたパーカを脱いで俺の肩に掛け、俺の顔を覗き込んで笑いながら言った。

「安心しろ、新しいの買ってきてやるから」
「だから、要らないって言ってるだろ」
「じゃ、普通のにしてやっから、な?」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題だ?!」
「それは……」
「ほら、言え」

俺は上手く誘導尋問されているみたいで悔しかったけど、新妻エプロンを買ってこられても困るから、パーカのフードを被って左之助の顔を見ないようにしてから渋々口を開いた。

「このエプロンをしていれば……左之が」
「あ?何だよ、はっきり言え」
「左之が、俺を……見つけてくれるから。だから、他のエプロンは要らない」
「剣心……か〜わいいんだから、も〜〜っう!!」
「左之、くるぢい……」

左之助は力いっぱい俺を抱きしめ、フードを取ると俺の頭に頬擦りをした。
まだ左之助には言ったことないけど、俺は左之助にされる頬擦りが大好きだ。
そんなこと今まで左之助以外にされたことないけど、きっと左之助の頬擦りがいちばん気持ちいいと思う。

「なあ、剣心?」
「ん〜?」
「俺はよぅ…その…お前がそのエプロンじゃなくてもよぅ…」
「は?」
「お前がどんなエプロンしてたってよ……どんなに人だらけの中にいったて、絶対ェ剣心を見つけられる自信あるぜ」
「左之」

滅多に見られない赤い顔の左之助。
滅多に聞けない左之助の可愛い告白。
きっと今左之助はこの上なく照れくさいはずだ。

「…そんだけかよ。こんな恥ずかしいこと言ってやったんだぜ?他に何か言えっての〜!」
「例えば?」
「わ〜嬉しい、左之愛してるぅ〜とか」
「それから?」
「いや〜ん左之、ス・テ・キ!ウフッ、とか」
「あとは?」
「左之の為なら脱いじゃう〜はい、どうぞ召し上がれっ!とか」
「それだけ?」
「左之にいろんなことしてほしいの〜!とか」
「そういうのは恥ずかしくないのか?」
「はい?」
「そんな恥ずかしいこと俺が言うとでも思ったのか?」
「あんだと、テッメ〜!」

それから俺がベッドで左之助に襲われたことは言うまでもない。
発情した左之助は焼肉のことなんかとっくに忘れてしまっている。
やっぱり最後はお決まりのオチだな、と思いながら、俺は左之助が言った言葉に感激していた。
俺だって左之助がどこにいたって、左之助と同じ顔をした奴等の中にいたって、絶対に左之助を見つけられる。

だって左之は左之しかいないから。
左之はこの世でたった一人で、俺を愛してると言ってくれるこの世でたった一人の人だから。

その夜は左之助の隣で眠りながら、左之助を好きな自分を少し好きになれた。
だけど次の朝、無様に落ちていたエプロンを拾い上げ洗濯機に入れた時、左之助と自分をヘンタイだと思った。そして洗濯機が終了の合図を知らせ、左之助のお下がりのエプロンの皺を伸ばして竿に干す。
日当たりのいいベランダで深呼吸すると突風が吹き、干したばかりの洗濯物が暴れ出した。
振り返り竿に目をやると、俺と左之助のシャツの袖が絡まっていた。

――手を繋いでるみたいだ……。

クスッと笑うと後ろから左之助の声がした。

「俺の洗濯物まで剣心のこと愛しちゃってるな」
「左之、起きたのか」

左之助は寝起きのクセして爽やかな顔をして恥ずかしげもなく言った。
そして俺に手を差し伸べる。
俺がその手を握ると引っ張るように抱き寄せた。
見上げた顔は、やっぱりあの『ニィ』って顔だったから何だか俺は自信がついた。

――必ず見つけてくれるよな、左之……。

俺は左之助の逞しい胸の中で左之助の笑顔に安堵する。
そして今日の買い物はエプロンをつけないで行ってみようと思った。







北春日部ロビン様よりいただきました♪ ロビンさん、ありがとうございますー!  ようこ






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